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就職・転職の扉をひらく「ことばランド」

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This podcast has
151 episodes
Language
Japanese
Publisher
安正 前田
Explicit
No
Date created
2022/06/12
Latest episode
2026/06/22
Average duration
16 min.
Release period
32 days

Description

ことばは、自らを表現する大切なツールです。 そのツールをうまく使いこなして、未来の扉を開いていきましょう。「ことばランド」は、そのお手伝いをします。 文章コンサルタントの前田安正と、フリーアナウンサーのみどりーぬこと、江川みどりがお送りします。

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#EP152 日本語は曖昧だ!(前半)。方角の説明、できますか?
2026/06/22
実は昨年筑摩書房から出版した『AIに書けない文章を書く』が、中学・高校・大学の入試問題に20校ほど採用されたんです。そこで、今回はその本から、特別編「あいまいなことばの感覚」〜東西南北から漢字の俗説まで〜をお話しします。 ところが、話が30分ほどになったので、これを前半と後半に分けてお伝えします。こかいは、その前半です。 僕たちが毎日使っていることばって、実はすごく曖昧なものが多い。当たり前すぎて気にもとめていないことばほど、「じゃあ説明してみて」と言われると途端に難しくなる。 「犬が西向きゃ尾は東」。 当たり前のことを言うことわざです。ここに出てくる「東」を説明してほしいと言われたら、どう説明しますか? 「日の出る方向」「太陽の昇る方向」。ほとんどの辞書がそう書いている。ところが、太陽の昇る方向は、季節によってずれます。 「季節によってずれる」という問題に真正面から向き合ったのが、『新明解国語辞典 第八版』にあります。それが、「春分の日の朝、太陽の出る方向の称」です。 春分の日の太陽は、ほぼ真東から昇って、ほぼ真西に沈む。他の季節よりブレが少ない。だから基準にしやすい、という発想です。 「東」という概念は、古くから太陽と結びついて語られてきました。万葉集に柿本人麻呂の有名な歌があります。 「ひむがしの野にかぎろひの立つ見えて かへり見すれば月かたぶきぬ」 有名な歌ですね。東の野に光が立ちはじめて、振り返ると西に月が沈んでいく……。 じつは月も東から昇って西に沈みます。でも、「東」の説明に月の例を出したものはほぼないんです。それは月に満ち欠けがあって、毎日見える場所や形が変わるから、恒常的な説明に使いにくい。 「美奈さんは月になった。ならば俺は太陽になろう」 これは、『巨人の星』の主人公・星飛雄馬の台詞です。1960〜70年代のスポ根漫画の草分けです。明け方に、西に沈む月と東に昇る太陽を見て、自分を奮い立たせる場面ですね。万葉の時代の人麻呂の歌と、昭和の熱血漫画が、同じ天体の対比で結ばれているというのが面白い。 次は「南」と「北」です。辞書には「南は、太陽の出る方向(東)に向かって右の方角」、「北は、太陽の出る方向(東)に向かって左の方角」と書いてあります。 「東」の説明を前提にして、「右」「左」で南北を説明している。 そして、「右」「左」は、「右は、その人が北に向いていれば、東にあたる側」、左は「その人が北に向いていれば、西にあたる側」と辞書にある。 東→南・北、右左→北・東……まるで禅問答みたいです。 方角の説明は堂々巡りになってしまうんです。 でも、「東」という一点だけを体感として理解していれば、他は全部そこから導ける。それが「ことばの体系」というものですね。 さて、ここからちょっと核心的な話をします。漢字の字源についてです。 これについては、次回放送します。
EP#151 「マジ文章書けないんだけど」Lesson5「副詞の係り受け」
2026/06/15
『マジ文章かけないんだけど』から学ぶ文章レッスンシリーズの5回目。今回のテーマは「今日は「副詞の係り受け」という話をしたいと思います。 文章を書く際に、間違えやすいポイントなんです。係り受けというのは、文の中のある言葉が、他のどの言葉に「かかっている」か、そしてどの言葉が「受けている」か、その関係のことです。主語と述語の関係や修飾語と被修飾語の関係もそうです。今回取り上げるのは、副詞と述語の係り受け、です。 副詞は「とても」「すごく」「おそらく」「決して」……動詞や形容詞を修飾する品詞のことです。副詞は、実は使い方に決まりがあって、セットになる述語の形がある程度決まっているものがあります。 次の四つの文を見てください。  ① その話は、全然楽しい。  ② 必ずしもみんなが楽しめるイベントだ。  ③ 彼の言うことは、まったくわかる。  ④ 決して笑える話だ。 実はこの四つ、全部おかしいんです。でも気づきにくいのは、特に①の「全然楽しい」が日常会話でかなり浸透してきているからなんです。 ただ、「全然」「必ずしも」「まったく」「決して」、この四つは本来、否定の形で受けなければいけない副詞なんです。 つまり「〜ない」で受ける、ということです。正しくはこうなります。  ① その話は、全然楽しめない。  ② 必ずしもみんなが楽しめないイベントだ。  ③ 彼の言うことは、まったくわからない。  ④ 決して笑える話ではない。 この四つの副詞は、文法的に「否定形の述語とセットになる」という係り受けの規則を持っています。これを「否定形で受ける副詞」と言います。 会話の中では通じるし、最近はもう半ば定着してきていますけど、ビジネス文書や企画書に「全然大丈夫です」と書いたら、まず上司に直されます。 係り受けが決まっている副詞はもう一グループあります。今度は「推量・疑問の形で受ける副詞」です。次の五つの文を見てください。 ① まさか、彼と付き合うことはない。   ② おそらく、彼女にはカレシがいる。   ③ いくらなんでも、これ以上面白いことがある。   ④ もしかしたら、カギは家に忘れた。   ⑤ もしや、この本は彼のものだ。 「もしや」はさすがに古風な言い方ですが、実は①〜⑤全部、述語の受け方がおかしいんです。 ① まさか、彼と付き合うことはないだろう。   ② おそらく、彼女にはカレシがいるに違いない。   ③ いくらなんでも、これ以上面白いことがあるはずがない。   ④ もしかしたら、カギは家に忘れたのかもしれない。   ⑤ もしや、この本は彼のものではないだろうか。 整理するとこうなります。 まさか → 〜だろう   おそらく → 〜違いない   いくらなんでも → 〜はずがない   もしかしたら → 〜かもしれない   もしや → 〜ではないだろうか この副詞たちは、推量の気持ちを含んだ述語——「だろう」「違いない」「かもしれない」——や、疑問の形で受ける必要があるんです。それを意識せずに、「おそらく〜だ」「まさか〜ない」で終わらせると、どこかチグハグな文になってしまう。 会話では、表情とか声のトーン、その場の雰囲気が補ってくれるから、言葉が多少ルールを外れていても意味が通じるんです。「全然楽しい」も、うれしそうな顔で言えば伝わる。 でも文章は書き手と読み手が時間も場所も共有していない。読み手は、書かれた言葉だけを頼りに意味を汲み取るしかない。だから、言葉の組み合わせ(係り受け)がしっかり合っていないと、読んでいる途中でつまずいてしまうんです。 一カ所の係り受けのズレで文章全体の信頼性が揺らいでしまうこともある。企画書とかビジネス文書では特にそう。「この人、文章が雑だな」という印象を与えてしまう。 次の文章、副詞に注目しながら読んでみてください。どこかおかしいところを探してみてください。 「おそらくこれが終電だと思い、急いで飛び乗った。しかし、行き先とは逆方向の電車に乗ってしまったらしい。酔っていたとはいえ、決して笑える話だ。もしかしたら反対方向の電車があるので、次の駅で降りることにした。すると降り際に、座っていたおじさんから『もしや、この傘はあなたのですね』と声をかけられたが、いくらなんでもそんな派手な柄の傘はもっているので『違います』と答え、ホームに降りた。まさかここまで運の悪いこともあると驚いたのだが、上り方向の電車は既に終了していた。こんなこともあるのだな、と全然笑えた。」 どうですか、わかりました? 「決して笑える話だ」は「決して笑える話ではない」です。 あと「全然笑えた」も……「全然笑えなかった」。 「おそらくこれが終電だと思い」……これは「おそらくこれが終電だろうと思い」。 「もしかしたら反対方向の電車があるので」は「もしかしたら反対方向の電車があるかもしれないので」です。 「もしや、この傘はあなたのですね」は?「もしや、この傘はあなたのではないですか」。 「いくらなんでもそんな派手な柄の傘はもっているので」は「いくらなんでもそんな派手な柄の傘はもっていないので」。 「まさかここまで運の悪いこともあると驚いた」は「まさかここまで運の悪いこともないだろうと驚いた」 ——つまり「まさか〜ないだろう」というセットに整えるんですね。 副詞を変えると、文の意味そのものが変わってくる。だからこそ、副詞の係り受けは軽く見ちゃいけないのです。 今日のポイント 副詞には、セットになる述語の形が決まっているものが、大きく二つある。 ひとつ目は「否定形で受ける副詞」。「全然」「必ずしも」「まったく」「決して」、これらは「〜ない」という否定の形で受ける必要があります。 ふたつ目は「推量・疑問の形で受ける副詞」。「まさか」「おそらく」「いくらなんでも」「もしかしたら」「もしや」、これらはそれぞれ「だろう」「違いない」「はずがない」「かもしれない」「ではないだろうか」という形で受けます。 読み手と書き手が共通体験を持てない文章の世界では、言葉の組み合わせ(係り受け)が唯一の伝達手段です。副詞ひとつのズレが、読み手の「引っかかり」になってしまう。 文章力って、「難しい言葉を使う」ことじゃなくて、こういう地道な精度の積み重ねなんです。今日覚えた副詞のペアを、頭の片隅に置いておいてください。
EP#150 「マジ文章書けないんだけど」Lesson4 既知情報と未知情報
2026/06/08
『マジ文章かけないんだけど』から学ぶ文章レッスンシリーズの4回目。今回のテーマは「情報の新旧」。読み手が知っている情報と、まだ知らない情報。それをどう操るか、という話です。 「なんとなくしっくりこない」って感じる文章、その原因がここにある場合も多いんです。次の二つの文を聞いてください。 ①「綾瀬はるかが、月9の主役に選ばれた」 ②「綾瀬はるかは、月9の主役に選ばれた」 ①の「綾瀬はるかが」は、「月9の主役は誰なの?」という質問への答えです。主役が誰かはまだ知らない。だから「が」がついた綾瀬はるかが、新しい情報として提示される。 一方②の「綾瀬はるかは」は、「綾瀬はるかは何のドラマに出るの?」という質問への答え。綾瀬はるかという人物はすでに話題に上っている。だから「は」がついている。つまり「が」がついた名詞は新情報で、「は」がついた名詞はすでに知っている情報ということです。 本書ではこの関係をシンプルな公式で整理しています。 「未知情報+が+既知情報」 「既知情報+は+未知情報」。 「パリ旅行はどうだった?」という質問への答えとして、「オランジュリー美術館がすごくよかった」と答えたとします。 この場合、聞き手はパリ旅行に行ったことは知ってる。でも、どこがよかったかはまだ知らない。 だから「オランジュリー美術館が」という形になる。未知の情報に「が」がつく。 逆に「パリ旅行はどうだった?」という質問文のほうは、「パリ旅行」が既知情報だから「は」がつく。 質問する側は「パリ旅行に行ったこと」を知っているから、「は」で提示して、「どうだった?」という未知の情報を引き出している。 面白い例をもう一つ。「タケル君がユミの新しいカレシなんだって」と「タケル君はユミの新しいカレシなんだって」。 江川: あ、これ全然違う感じがする! カレシがいることは既知情報。タケル君だという部分が未知情報だから「が」がつく。 「タケル君は」のほうは……タケル君のことはみんな知ってるんだけど、そのタケル君がユミのカレシ!?っていう驚きがある。タケル君という人物が既知情報。で、「ユミのカレシ」だという事実が未知情報として後半に来る。 これが日本語の繊細なところで、「が」と「は」の選択一つで、話し手の感情的な重点まで変わってしまう。 情報設計を意識した「は」と「が」の使い分け、3つのポイントをご紹介します。 ポイント①「読み手はすでに何を知っているか」を意識する。文章を書く前に、読み手にとっての既知情報と未知情報を整理する。既知情報には「は」、未知情報には「が」が基本です。 新商品の紹介文だったら、「発売されること」は告知済みの既知情報。だから「新商品は」で始めて、特徴を後半で伝えるイメージです。 一方「今回の新商品が、業界初の〇〇です」という形にすると、「業界初」という部分が未知情報として強調されます。 つまり、「が」を使うか「は」を使うかで、強調したいポイントがずれてくる。 ポイント②は「伝えたいポイントを末尾に置く」。「は」を使うと、文の重心は後半に移ります。読み手の注意を引きたい情報を文末に持ってくる。たとえば「今回のキャンペーンは、過去最大の参加者数を記録した」。 ポイント③は「『が』を使って新情報を鮮明に打ち出す」。「誰が・何が、どうした」という新しい発見や結果を伝えるときは「が」が有効。 「調査の結果、前田案が最も支持を集めた」という文、「どの案が選ばれたか」という未知情報をはっきり提示できます。 改めてまとめておきます。「が」は読み手がまだ知らない未知情報に使う。「は」は読み手がすでに知っている既知情報を提示して、後半の未知情報へと導く。 「は」と「が」は単なる文法ではなくて、情報設計のツールだったのです。 …………………… note#21で詳しく紹介しています。併せてお読みください。 https://note.com/majibun_academy/n/n717827d6c88c
EP#149「マジ文章書けないんだけど」Lesson3 泣きそうなのは誰? 「が」と「は」の違い
2026/06/01
『マジ文章かけないんだけど』から学ぶ文章レッスンシリーズ第3回。今回は主語を表す助詞の「は」と「が」についてです ①「あなたが視線をフッと外すたび、なぜ泣きそうな気分になるの?」 ②「あなたは視線をフッと外すたび、なぜ泣きそうな気分になるの?」 ①は書き手の「私」が泣きそう。②は「あなた」が泣きそう、ということです。これが「が」と「は」の持つ「超パワー」です。 「は」には、もう一つ大事な機能があります。それが、対比です。 例えば 「あの俳優は演技がうまい」と「あの俳優は演技はうまい」。 最初の文は「演技はうまい(でも歌やダンスはそうでもない)」っていう含みが生まれます。さ「が」を「は」に変えるだけで、「他と比べてこれについて言えば」というニュアンスが出てきます。 今回の内容は、前田のnote#18https://note.com/majibun_academy/n/n5f587856300eでさらに詳しく解説しています。併せてお読みいただけると嬉しいです。 次回は、Writing Tips #4は、「は」と「が」が「既知情報・未知情報」とどう関わるか、というテーマです。さらに深掘りしていきます。お楽しみに。
EP#148 「マジ文章書けないんだけど」Lesson2「ボディーづくりは骨格と肉から」」
2026/05/25
2回目は「ボディーづくりは骨格と肉から」をテーマにお話しします 。文章の「体」をどう作るか、基本中の基本である「主語と述語の対応」について掘り下げていきます。 みなさん、「文」と「文章」の違いってわかりますか? 一般的には、同じように使いますよね。ただ、文章を書く時には、文と文章を分けて整理した方がいいんです。 「文」とは、 文法学上の基本単位で、一つのまとまった内容を表します。末尾には「だ」「ます」などの終止形や句点(。)がつきます 。一方「文章」は 一つ以上の「文」が連なった言語作品のことです 。 つまり、「文」という最小単位をつなげて「文章」を作るってことです。 次の文を聞いてください。 「このバッグはブランドものなので、値段と人気が高く、品質とデザインが美しいブランドだ」 では、この文を「分解」してみましょう 。この文の本来の骨格は「このバッグは〜ブランドだ」です。 つなげると「このバッグはブランドものなので、ブランドだ」になって、意味が重複していて変ですね。 さらに「肉」の部分、つまり説明している箇所も見てみます 。 「値段と人気が高い」を分解すると、「値段が高い」は、いいのですが、「人気が高い」は最近使われることも多くなっているかも知れませんが、やや不自然です。 「品質とデザインが美しい」を分解すると、「デザインが美しい」は言えますが、「品質が美しい」とは言いません。 述語が、最後の言葉(美しい)だけに対応しています。 こうしたミスを防ぐコツは、「一つの文には一つの要素」と決めることです 。そうすれば、必然的に文は短くまとまります。 「文を短くしろ」ってよく本に書いてあるのは、こういう意味なんです。 では、先ほどのバッグの文を改善してみましょう。 「このバッグはブランドものなので値段が高い。しかし品質がよくデザインが美しいので、若い女性に人気がある」 これなら、わかりやすいのではないでしょうか。 まず文の骨格を整えて、そこに肉を付ける。短い文を丁寧につないでいくことが、相手にしっかり伝えるコツなのです。 --- 最後に一つ練習です。 「このモデルは背が高くて脚が長くスタイルがいいので姿勢がよく、どんな服でもよく似合うモデルだ」 「このモデルは〜モデルだ」という骨格がおかしいですよね。 あと、背の高さが、姿勢がいいの理由(ので)になってるのも変ですよね。 これを二つに分けるとこうなります。 「このモデルは背が高く脚が長いのでスタイルがいい。姿勢もいいので、どんな服でもよく似合う」 こういう具合に、関係ない要素を切り分けるだけで、スッキリします 。 今日学んだことを復習すると、 ​ 文と文章の違いを意識する 。 ​ 主語と述語がしっかりかみ合うようにする 。 ​ そのために、文を分解してみる 。 こんな感じです。 普段のメールやレポートでも、頭の中で文を分解する癖をつけてみてください。 「困難は分解せよ」という言葉があります。出典は、井上ひさしさんの『ナイン』という本の中の「握手」というお話の中に出てきます。分解する癖を付けておくといろいろと応用が利きます。 番組で紹介したポイント: 主語と述語をしっかり対応させ、一つの文は一つの要素で書くこと 。これが伝わる文章への近道です。 『マジ文章書けないんだけど』テキストにしてお聞きたたくと、よりわかりやすくなります。 どうぞ宜しくお願いします。
EP#147「マジ文章書けないんだけど」Lesson1 文章を書く前にすべきこと
2026/05/18
きょうから新シリーズを始めます。2017年に大和書房から出版した『マジ文章書けないんだけど』が、書店に並んだりして再燃の兆しを見せています。そこで、『マジ文章書けないんだけど』をLesson1から順に、その内容にそったお話をしていこうと思います。 今日のテーマは、基本中の基本「書く前に自分と向き合う」です 。 文章、特にエントリーシート(ES)などを書くとき、すぐに「何を書こうか」とペンを動かしてしまう人も多いと思います。気持ちはわかります。 でも、ちょっと待ってください。就職がすべてではないにしても、自分としっかり向き合う時間を持つことは人生において重要だと思うんです。 その効果は二つあって、まずは、漠然と過ごしてきたこれまでを振り返ってみること。次に、自分が何をどう考えてきたのか、どんな思いで生きてきたのかを知ることなんです。そうすることによって、これから進みたい方向が見え、就活の大きな「柱」を立てることができます。 そこで一つ、ワークをしてみてください。自分の「長所」と「短所」を10ずつ挙げてみてください 。 この本の中で、主人公のすずさんは、こんなふうに書いていました。 - 長所: 「元気」「一生懸命」など 。 - 短所: 「気が短い」「根気がない」「飽きっぽい」「お金をすぐ使ってしまう」「友達が少ない」「すぐ慌てる」「悲観的」…… 短所は、10個しっかり書いています。ところが、短所は出てくるのに、長所が全然書けていないんです。これは、若い世代には多い悩みかもしれませんね。 でも、自分を客観的に見て、自分の「リソース」を知ることはとても大切なんです 。リソースは、「資源」や「資産」のこと。あなた自身の「強み」と言い換えてもいいと思います。 たとえうまく書けなくてもへこむ必要はありません。大切なのは「自分を客観的に見る」というプロセスそのものです。 すぐに書けなくても、今の段階ではそのままで構いません。後日もう一度書いてみると、きっと違う結果が出てくるはずです。こうした変化を楽しむことが重要です。そうすることで、自分との対話ができるようになるからです。 まずは自分の長所と短所のリストを眺めてみることから始めましょう 。それが、納得のいく文章を書くための「1st. STEP」なのです 。
EP#146 時間の流れ、会社員と個人ではこんなに違う
2026/05/11
きょうは、5月11日なので、連休明けの初出勤日という方も多いのではないでしょうか。 僕は会社にいる頃から、土日祝日が必ずしも休みではなかったので、GWという感覚はなかったんです。最近お付き合いの多い出版社や自治体の方は、案外、休みはきっちりしてるんですね。 4月中旬に、頼まれていた原稿を何本か渡していたのですが、その校正ゲラが、一斉にGW前に来るんです。それで「5月11日をめどにお送りください」とか「連休進行なので・・・」と書いてあってね。ふむふむと思っていたら、何と、GW明けが締めきり。そうかあ、と思ったりするんです。 いまは、自分の都合に合わせて休めるのだけれど、結局まったく仕事をしない、という日はないんですね。独立してから思ったのは、会社員の会議が長い、ということです。2〜3時間は、平気でミーティングしてるものね。一日に三つ会議があると、それだけで6時間。その間、本来業務は止まるから、結局時間外で働かなくてはならない。 僕は会社員時代から会議が好きではなかったので、僕が開いていた部会は大体15分くらい。長くても30分だった。いまも、1時間あれば、充分かな。2〜3時間もいると、よほど面白いMTGでない限り、飽きちゃう。それに、会議の時間に他の仕事ができる、と思うと、時間の流れが全く違うことに気が付くんです。 会社員のいいところは、営業努力はあるものの、給与が発生するということです。これは、本当に素晴らしいですよね。いまは仕事がなければ、未来の可能性にかけて事前にいろいろ作業しなくてはならない。でも、それがそのまま収益に繋がるわけでもないですしね。うまく回転すると楽になりますけど、結局、その先の投資は常に必要です。これが楽しいからできているのですけど、つまらない仕事では、続かないですよね。 今年もまもなく前半終了という時期を迎えて、改めて仕事とその時間の流れを見直したGWをでした、というお話でした。
EP#145 言語化は経験を通した世界観・視点の違いを伝えることだ
2026/05/04
前回、文章に必要なのは、AIにない自分の「視点」とか「世界観」を描くことだというお話をしました。今回は、「言語化」について、です。言語化については、以前もお話しをしたことがあったと思うのですが、あまり意味を考えずに使っているケースが多いと思うんですよね。言語化、言語化って言われすぎて、言語化恐怖症になっている人もいるのではないでしょか。 僕は以前から「言語化」って何だろうと考えてきたのですが、なかなかきっちりした答えが出なかったんです。AIが出てきてから、AIが書く文章と人が書く文章の違いを考えるようになって、それで、「言語化」の意味も、少し形が見えてきたように思うんです。 AIそのものには、思考力と感情がないという話もしたと思うんです。思考力や感情があるように思うのは、すべてネット上の言語を分析したうえでのアルゴリズムによるということです。アルゴリズムって、「計算や問題を解決するための手順や方式」のことなので、じつは、こうしたアルゴリズムは僕たち自身も使っているんです。 ただ、AIとちがうのは、僕たちは経験を通してそれを学んでいるということです。様々な成功や失敗を踏まえて学習しているということです。だから、人によってその手順や方式が違っています。 AIが様々な経験をしているわけではないので、自律的な感情を持っているわけではないですものね。いわば、全てが模倣なんです。AIはそれをネット上で僕たちの経験した結果を引き出して、組み立てているということです。 だから、誰にでも当てはまる占いのようになっています。例えば、僕と江川さんが経験してきたことは全く違うのに、経験を通しての悔しいとか嬉しいという言葉としての表現で共通性が出てきます。その共通性をAIが引っ張り出してくるから、「そうそう、その通り」となる。これが、AIのアルゴリズムのあり方です。 ところが、経験が異なれば、考え方も違う。「悔しい」「嬉しい」という言葉では共通するけれど、その経過・経路は全く違う。つまずきの多い人もいるし、すっと人生を渡りきれる人もいる。異なるつまずきポイントや成功ポイントで得たものが、「視点」や「世界観」です。それは個々人によって異なる。 つまり、言語化のポイントは、ここなんです。つまり、「言語化」は、あなたの視点や世界観を伝えることなんです。AIと比較して考えると、整理できると言うのもAIの大きな役割かな、と思います。
20260427 EP#144 「世界の見え方」を書く
2026/04/27
昨年3月に筑摩書房のちくまプリマー新書から『AIに書けない文章を書く』という本を出しました。お陰様で、三刷にもなり、中学・高校・大学の入試問題に多数採用されて、受験界の一大ムーブメントになったんです。 この本を書いた時点では、AIはまだそんなに進化していなかったんです。生成AIが事実と異なる情報や論理的に誤った情報を基に、もっともらしいものをつくり出す失敗を「ハルシネーション」というますが、この言葉もまだまだ、一般的ではなかった。情報をどこから切り出してきたかという根拠も示されていませんでした。いまは明示するようになっていますが・・・。 出版してから瞬く間にAIが精度を増して、様々な分野に特化した生成AIも次々出てくるようになりました。いまは、AIなしには話が進まないほどです。僕は文章を書くときにはAIを使わないようにしていますが、あと数年したら、変化するかもしれませんね。 僕の本でAIは「日報や業務メール、提案書のたたき台、ブログの構成など、ネット空間にある情報などを収集して、まとめる作業が得意だ」と書いています。では、AI時代の文章は、何を書くべきなのか、なんですね。 「視点」つまり「あなたの世界観」なんです。この世界観は、必ずしも正解はないんです。AIは一定の条件のなかで正解を導くのだけど、「視点」や「世界観」を持っている訳ではない。この本は、文章の書き方なども書いているのですが、むしろ曖昧な日本語を使って、自分をどう理解し、使えるべきかに主眼があるんです。必ずしも文章論という枠組みでの本ではないんです。 AIには「思考」そのものを書くことができない。AIは正解を教えてくれるから、便利なんです。考えなくていいから。AIを使いこなすには、本当は考えなくてはいけないのだけれど、そこまで考える人は少ないでしょうね。だから、どんどん考えなくなってきてしまう。 「思考」しない人は、「与えられた思考」に依ってしまうんです。批判精神が身につかない。自分の世界を見つめる機会を失うと、前回で話した「センス」が磨かれなくなってしまうことにもなるんです。 これは、とても怖い世界かもしれません。 受験の問題に使われた部分もそういったところでした。今年、娘の担任になった先生も「ヤバい」だけで表現するのではなくて、どうしてそう思ったのかを言葉で伝えるようにしよう、というのが、今年の目標の一つだと話したそうです。「言語化」という意味も、これを踏まえて考えると違う姿が見えてくるのではないでしょうか。これについては、またの機会にお話ししたいと思います。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 言葉や文章についての疑問やお悩みなどがありましたら、「ことばランド」番組概要欄の「お便りフォーム」からお送りください。番組の感想などもお書きいただけると嬉しいです。 また、ApplePodcastやSpotifyでお聴きの方は、評価やレビューを書いていただけると嬉しいです。皆さんの評価で多くの人にお聴きいただけるようになります。どうぞ宜しくお願いします。
EP#143 センスを磨くのは、得体の知れないものを感じる能力を養うこと⁈
2026/04/20
Podcast「ことばランド」は、「ことばで未来をデザインする」を新たなテーマに、ことばの面白さ、豊かさを味わっていただければ、と思います。 よく「センスがない」とか「センスがいい」なんてことを言いますよね。「ユーモアのセンスがある」などのように使いますよね。この「センス」って何なんでしょうね。 「センス」という言葉を辞書で引くと「物事の微妙な感じや機微を感じとる能力・判断力。感覚」と書いてあります。「物事の微妙な感じ」ですって。 「機微」というのも「表面からは知りにくい微妙な心の動きや物事の趣」という意味です。また、「微妙」っていうのは、「なんともいえない味わいや美しさがあって、趣き深いこと(さま)」とか「はっきりと捉えられないほど細かく、複雑で難しいこと(さま)」のことです。 だから、目に見えない「味わい」や「はっきり捉えられないほど細かくて複雑で難しいもの」を感じ取る能力って言うことになります。 ひとくちで「センス」とは言うけれど、得体の知れない物を感じ取る能力があるかどうか、ということになる。それは、感覚の問題は、そう簡単に身につけることは難しいでしょうね。 風変わりだという意味の言葉に「突飛」というのがあります。「突飛な服装」「突飛な行動」「突飛な発想」という具合に使うのですが、「センス」もこれに近いですよね。だけど、「センス」は「いい」「悪い」で使われるので、その能力を指す意味においてはフラットな立ち位置だけど、「突飛」は「センス」がマイナスの方向に作用した時に使われることが多い言葉です。最近の傾向だと「突飛」は、プラスの意味にシフトしているかもしれませんが・・・。 そこで、「センスを磨く」にはどうすれば、いいか、なんですね。尾籠な話になって申し訳ないんだけど、2、3歳の子どもがトイレトレーニングの時に使う「おまる」を器代わりにして、カレーライスを食べられますか? これって「おまる」として存在していると思っているから、抵抗が出てくるわけで、そもそも「おまる」が「器」という存在で、たまたまトイレトレーニングに使われただけだったら、状況は逆転しますよね。 極端な話だけれど、こういう突飛な発想が、センスを磨くことになるかもしれないな、と思っているんです。AIに聞くと他の答えを用意してもらえるかもしれませんが、こういうくだらないことの中に「センス」のタネが潜んでいるかもしれないと、思っているんです。僕は、こういうことをよく考えるタイプの人間なので、「変わっている」と言われます。センスがいいとは言われませんが・・・。 少し考え方を変えると、何か違う世界が見えてくるかもしれません。お時間のあるときに、ボーッとこんなことを考えてみるのも、結構楽しいですよ。
EP#142 好きな食べ物は何ですか? (20260413)
2026/04/14
ことばランドを再開第2回目です。 突然ですが、あなたの好きな食べ物は何ですか? では、あなたがこれまでに食べて一番美味しいと思った食べ物は何ですか? 答が違うでしょ。これ、なんでだかわかりますか? ということについて、今日は考えてみたいと思います。 一番好きな食べ物は、と聞かれると、ほとんどの人は、食べ物の名前を言います。例えばイチゴだとか、桃だとかね。これは、嫌いな食べ物を聞いても、ピーマンとかニンジンというように食べ物の名前が出てくると思うんです。好きな野球チームサッカーチームを聞いても同じような答えが出てくると思います。 これは、直接的な質問に対しては、直接的な答えが返ってくる、いわば単純作業の一つだからだと思うんです。特にその質問に複雑な背景がないからです。 ところが、これまで食べた中で一番美味しかった食べ物は何ですか?と質問を変えると、「家族と食べたカレーライス」とか「お父さんが作ってくれたラーメン」といった答えが返ってくることが多いんです。 「これまで食べた中で」という条件がつくと、食べ物そのものより、周辺の状況が加わってくるからです。好きなイチゴであっても、誰とどんなシチュエーションで食べたかが、より重要だと無意識のうちに気になってくるからです。 これは、人とコミュニケーションを取るときも同じで、直接的な問いには直接的な答えしか返ってこないんです。質問の中に「どうしてそうなったのか」とか「これからの人生において」などの条件を付けると、その条件に沿うような答えを導き出すことができます。 就活の面接でも同じで、あなたの長所を聞かれて「元気なところです」という直接的な答えをすると、「どういうところでそう思いますか?」という質問が追加されるのは、その周辺の状況が知りたいからです。インタビューなどをするときに、こうした条件を紛れ込ませておくと、話の切っ掛けをつかむことができます。 好きな食べ物は何ですか?と聞くより、今までで一番美味しいと思った食べ物は何ですか?と聞いた方が、その次の展開が見えて来やすいんです。 これは、文章を書く時にも同じで、自分で自分に質問するようにして、それに対して答えを書くように意識すればいいんです。つまり、文章を書くと言うことは、自分との対話なんです。この静かな時間を持つこともまた、重要なことなのだと思うのですが、いかがでしょうか。 言葉や文章についての疑問やお悩みなどがありましたら、「ことばランド」番組概要欄の「お便りフォーム」からお送りください。番組の感想などもお書きいただけると嬉しいです。 また、ApplePodcastやSpotifyでお聴きの方は、評価やレビューを書いていただけると嬉しいです。皆さんの評価で多くの人にお聴きいただけるようになります。どうぞ宜しくお願いします。
EP#141_アナログとデジタル(20260406 )
2026/04/06
ことばランド、約1年ぶりのを再開でしす。どうぞよろしくお願いいたします。「ことばで未来をデザインする」をシーズン3の新たなテーマに、ことばの面白さ、豊かさを味わっていただければ、と思います。 いまさらのテーマというか、そもそもアナログという言葉が何を指しているのかさえわからないほど、デジタルの時代になっています。こうした番組も音声をデジタルでに変換してお伝えしていますし、ネット環境もパソコンもデジタルで動いています。 そもそも、デジタルは、連続する情報を0と1の数字に置き換えて段階的な数値として処理して表現するものを言います。数字を連続していくと、とてつもない量の情報が必要になります。つまり、0と1で表す数字は、飛び飛びの数字なんです。例えばデジタル時計だと1分から2分になるときに、数字が一気に変わるのもそんなことが影響しています。0と1だけで表すと複製や編集が簡単なので、高速処理が可能になります。現代社会にはなくてはならない処理方法なんです。 一方、アナログは連続した数量として表します。そのため、手巻きのアナログ時計などのように、少しずつ連続して動くので、デジタルのように針が飛ぶことはありません。 かつて、音楽はレコード盤で聞いていました。これは、音の信号を物理的に溝として凹凸を刻む方法が取られています。この溝はv字型になっていて、左右にステレオ信号を刻んで、それを針がその凹凸をなぞって音を出す仕組みです。 多少の雑音が混じったり、聞き取れない周波数の音が刻まれていたりします。この聞き取れない周波数が、実は音の奥深さを出したり余韻を残したりする効果がありました。CDは、聞き取れない部分をカットして、20Hz〜20,000Hzの、人が聞こえる範囲をデジタル化したものです。レコードは、物理的に溝を刻んでいるので、聞き取れない20kHz以上の高音域も録音されているので、深みがあるのです。 いまAIの時代と言われて、AIを使って文章を書く人も多いと思います。ところが、AIが書く文章は、人が書く文章とどこか違う感じがするという感想もよく聞かれます。これを先に話したデジタルの音に例えると、わかりやすいかもしれません。AIはネット上の多くの情報を平準化してまとめます。これは聞き取れない部分をカットしたCDの手法と似ていると思いませんか? 人は無駄なことをいろいろ考えます。表現や情報に無駄、つまり雑音が混じることがあります。これこそが、書く人の熱量とか想いといったものだろうと思うのです。そして、デジタルやAIの最大の欠点は、電気がないと動かないということです。紙と鉛筆があれば表現できるし、場所は取るけれどストックすることもできるのが、アナログの長所とも言えます。 AIやデジタル化は、免れないものだと思います。うまく使うにも一工夫必要ですね。デジタルトランスフォーメーションをDXと言いますが、これをデラックスと読んで笑える余裕も欲しいな、と思います。 言葉や文章についての疑問やお悩みなどがありましたら、「ことばランド」番組概要欄の「お便りフォーム」からお送りください。番組の感想などもお書きいただけると嬉しいです。 また、ApplePodcastやSpotifyでお聴きの方は、評価やレビューを書いていただけると嬉しいです。皆さんの評価で多くの人にお聴きいただけるようになります。どうぞ宜しくお願いします。
EP#140 あんなことも話した。こんなことも話した。今回は、リニューアル前の140回大振り返りです。
2025/04/28
約3年、MC・ナレーターの江川みどりさんと一緒にお送りしてきた「ことばランド」は、次回から「マジ文Café」として、前田一人での新装開店となります。 オンラインの教育プログラムで初めてMCを務めてくれた江川さんとは、2017年からのお付き合いです。 江川さんの明るい声を聴いて、元気をもらった方も多いことと思います。何を隠そう、この僕も江川さんの声に、大いに励まされ勇気づけられた一人です。 その江川さんと、140回に亘る番組を振り返ります。どんな話題が飛び出してくるのか。 どうぞ番組をお聴きください。 江川さんのファンの方には大変申し訳ありません。 5月連休明けから再開する「マジ文Café」をどうぞ温かく見守っていただければ、と思います。
EP#139 「老後」は、もはや死語だ! 自ら限界を決める必要はない
2025/04/21
今回は「老後」について、考えてみます。就職に役立つ内容というのが、コンセプトなのに、なぜ「老後」なんだ、と思いますよね。誰もが老います。では「老後」ってどういう意味なのか分かりますか? どの辞書を引いても、「老いた後」としか書いていないんです。字の通りです。では「老いた後」に何があるのか。それは「死」しかない。「老後」とは、何のための言葉なんだろう。人は、生まれてから成長すると思っています。それは間違いない。では、どこから老いるのか、このポイントは分からない。はい、きょうから老いますので、と言われた経験もない。いつの間にか、なんです。 就活でも「終身雇用」という言葉を聞いたことがあると思うのですが、それは「定年」を迎える60ないし65歳までの「長期契約雇用」にしか過ぎないことは、もう当たり前になっています。昔は、55歳定年で、公的年金や企業年金なども含めて70歳くらいまで保証されていたし、大体その年齢で一生を終えていたのです。だから「老後」ということばは、大体「定年」を目安に使われていた。ところが、今は80、90は当たり前。60歳定年から後、2,30年生きていかなくてはならい。いわゆる終身雇用ということばは、もはや通用しない。 寺山修司が「懐かしのわが家」という詩冒頭、こう書いています。 昭和十年十二月十日に ぼくは不完全な死体として生まれ 何十年かかかって 完全な死体となるのである 僕たちは、生まれてから成長している過程で、すでに完全な死体になるために生きている。つまり、生まれた瞬間から「長い老後」を生きているとも言える。この詩の最後にこう言っているんです。 僕は 世界の涯てが 自分自身のゆめのかなにしかないことを 知っていたのだ。 人生100年時代です。僕たちは「100年の老後」を生きることになる。死の間際まで夢を追い続ければ、世界の涯てはまだまだ広げられるということだと思います。であれば、どこから老後だという考えをしなくてもいい。つまり、勝手に限界を決める必要がないってことです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ さて、2022年6月から始まった「ことばランド」は、ずっと江川さんとのコンビで続けてきました。残念ながら、5月から前田一人でお伝えすることになりました。 江川さんにMCをしていただいて、リスナーの方から「名コンビ」とまで言われてきました。この番組は、江川さんと江川さんのファンの方に多く、支えられてきました。ありがとうございました。今後も、スポットで江川さんにMCをお願いしたいと思っています。 引き続きお聴きいただけると嬉しいです。
EP#138  希望は「まれなるのぞみ」。ただし、誰にでも与えられているものでもあるのです
2025/04/14
希望の「希」は、「まれ」、非常に少ない、とか、まばら、めったにない。という意味の感じです。元々は、さほどプラスに作用する言葉ではないんですね。希少価値という言葉があるように、極めてまれなことだから「なかなか手に入らない」。わずかしか手に入らないから、それを手に入れると価値がでる。 だから、それを「こいねがう」んです。これも漢字で書くと「希う」と書きます。手に入れたい、待ち望む、あることの実現を願い望むこと、将来に寄せる期待、というように、プラスに作用する言葉に変化します。 マイナスの言葉がプラスに転化する。面白いと思いませんか。 就職や将来を考えたときに、自らが望むもことこそが「希望」で、それはなかなか手に入らないものなんです。でも、そのマイナスは必ずプラスに転化できるということなんです。希望というのは「まれなる望みを得る」ということで、たとえ、スタートラインが違っていたとしても、これは誰にも平等なんです。ただ、口を開けていただけでは手に入らない、という事実も平等にあるなんです。 回り道をして時間が掛かってもいい。スタートラインに着くのが遅れてもいい。僕自身も周回遅れで、社会人になって、日本語とか漢字について勉強し始めたのも40歳過ぎからです。それでも、何とかやろうとした方向に舵を取ることができました。早い内から才能を開花させる人もいれば、僕のように50歳を過ぎてから、ようよう芽を出す人もいる。いまがうまくいかないから、と嘆くなら、その嘆く時間を使って半歩前に出るようにすればいいだけだから。

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