1867413745
おうちで診る医療|名古屋発!ごうホームクリニックの在宅医療ポッドキャスト

Advertise on podcast: おうちで診る医療|名古屋発!ごうホームクリニックの在宅医療ポッドキャスト

This podcast has
323 episodes
Language
Japanese
Publisher
Go Ito
Explicit
No
Date created
2026/01/08
Latest episode
2026/09/27
Average duration
19 min.
Release period
1 days

Description

「在宅医療って、実際どうなの?」その疑問に現場の医師がお答えします。 名古屋市天白区の「ごうホームクリニック」は、24時間365日対応の機能強化型の在宅クリニックです。約600名の患者さんの「おうちで過ごしたい」という願いに寄り添い、年間100件超の看取り・緊急往診、人工呼吸器を使う方や医療的ケアが必要なお子さんの在宅サポートなど、地域の在宅医療を支えています。 このポッドキャストでは、病院では教わらない在宅医療の実践知をお届けします。 ・高齢者の「いつもと違う」を見逃さないプロの眼 ・在宅での急変時、何を見て何を伝えるか ・ご家族への説明で大切にしていること ・訪問診療チームの連携の実際 医療・介護に携わる専門職の方の学びに、そしてご家族の介護に向き合う皆さんの安心につながれば幸いです。 移動中でも、家事をしながらでも、「聴く在宅医療」をぜひご活用ください。

Unlock おうちで診る医療|名古屋発!ごうホームクリニックの在宅医療ポッドキャスト podcast Email contact info,
Listeners & Audience details

Email contact information

Direct podcast contact details

Listeners

Audience numbers & engagement insights

Audience details

Podcast Insights

Podcast episodes

Check latest episodes from おうちで診る医療|名古屋発!ごうホームクリニックの在宅医療ポッドキャスト podcast


【在宅看取りの実際】誰が担うのか、24時間つながる体制|#308
2026/09/27
在宅看取り(みとり)を支える仕組みを一言で表すと、「24時間つながること」です。どれほど丁寧な訪問診療や訪問看護を日中に積み上げても、夜間に家族が不安になったときの連絡先と対応手順が曖昧では、望まない救急搬送につながることがあります。24時間対応とは、常に誰かがただちに駆けつけることだけを意味せず、電話で状態を確認し、必要性に応じて訪問、医師への連絡、救急要請を判断できる体制をつくることです。 厚生労働省の人口動態統計によれば、死亡場所としての自宅の割合は近年上昇し、二割弱にまで戻ってきました。二〇〇〇年代に一割台前半まで落ち込んでいたことを考えると、自宅で亡くなる人の割合は増加傾向にあります。その一方で、現場の負担は特定の人に集中しがちです。訪問看護の管理者が事実上ずっと携帯電話を持ち続けている、院長ひとりが年間三百六十五日オンコールを担っている、そうした属人的な体制は珍しくありません。持続しない体制は、いざというときに最も危ういという事実を直視する必要があります。 この資料では、24時間連絡体制を「誰が、どの順番で、何を判断するか」という設計の問題として捉え直します。そのうえで、在宅看取りに関わる診療報酬・介護報酬の考え方、そして病院連携とバックベッド(緊急時に受け入れてもらえる入院ベッド)の確保という三つの柱を整理します。対象は看護師、介護職、ケアマネジャーの皆さんです。明日の担当者会議やカンファレンスでそのまま話題にできる形でまとめました。
【在宅看取りの実際】救急車を呼ばない、という家族の決断|#307
2026/09/27
在宅看取り(みとり)の現場で、最後の数時間に家族が直面する最大の分岐点が「救急車を呼ぶか、呼ばないか」です。呼吸が変わり、顔色が変わり、呼びかけへの反応が乏しくなる。その瞬間、それまで「自宅で最期まで」と決めていたはずの家族の手が、受話器に伸びます。これは家族の意思が弱いからではありません。目の前で人が亡くなっていく体験は、ほとんどの人にとって人生で初めての出来事であり、「何もしないでいる」ことに耐えるには、相当の準備と支えが必要だからです。 日本では、人口動態統計において自宅で亡くなる人の割合は長らく一割台にとどまり、二〇二二年は十七・四パーセントでした。一方で、意識調査では「最期を過ごしたい場所」として自宅を挙げる人が多いことが示されています。この希望を支える鍵の一つが、最期の数時間に何が起こるか、誰に連絡するか、救急要請が必要なのはどのような場合かを、本人・家族・チームで共有しておくことです。心肺停止後に救急要請すると、地域の救急運用や状況によっては心肺蘇生(しんぱいそせい)や搬送が始まることがあります。 同時に、私たちが目指すべきは「救急車を呼ばせないこと」ではありません。目指すのは、家族が慌てて救急要請をしなくても済む状態、つまり「何が起きるかを知っていて、誰に電話すればよいかを知っていて、それでよいのだと思えている状態」をつくることです。平穏死という言葉が示すのは、医療を引き算した結果の放置ではなく、本人の価値観に沿って必要なケアを足し算した結果の穏やかさです。本資料では、在宅医療に関わる看護師、介護職、ケアマネジャーが明日から使える視点として、本人の希望を聞く時間の作り方、看取り後のグリーフケア、そして「もっとできたのでは」という後悔への向き合い方を整理します。
【在宅看取りの実際】寝たきりでも、尊厳は失われない|#306
2026/09/27
在宅での看取りが近づくと、多くの方は少しずつ起き上がれなくなり、最期の数週間から数日は臥床(がしょう)、つまりベッドで横になったまま過ごす時間が大半になります。食事量が落ち、会話が減り、傾眠(けいみん)といって、うとうとと眠っている時間が長くなる。訪問するたびに「できなくなったこと」が増えていく時期です。このとき、ご家族から最もよく聞かれる言葉が「もう何もしてあげられない」「見ているだけで申し訳ない」というものです。 けれども在宅医療の現場に立つ私たちは、はっきり言葉にして共有しておく必要があります。動けなくなることと、その人らしさが失われることは、まったく別のことです。歩けなくなっても、食べられなくなっても、返事ができなくなっても、その人が何を大切にして生きてきたか、何を好み、何を誇りにしてきたかは消えません。尊厳ケアとは、その消えていないものに、こちらから手を伸ばし続けるケアのことです。 厚生労働省の人口動態統計では、自宅で亡くなる方の割合は近年上昇し、二〇二二年以降はおおむね十七パーセント前後で推移しています。在宅看取りは特別な選択ではなく、現実的な選択肢として定着しつつあります。だからこそ、最期の数週間の「寝たきりの時間」をどう過ごしてもらうかが、在宅チームの力量として問われます。この資料では、尊厳ケアという視点から、清潔保持と褥瘡(じょくそう)予防、本人の好きだったものに触れる時間、家族と一緒にできるケアという三つの柱を整理します。
【在宅看取りの実際】夜中3時、息が苦しいと電話が鳴る|#305
2026/09/27
在宅看取りの現場で、もっとも電話が鳴るのは深夜から明け方にかけてです。人は夜になると不安が増し、家族も疲れ、そして終末期の身体そのものが夜間に変化しやすい。呼吸のリズムが変わる、痰がごろごろ鳴り出す、急に起き上がって「帰る」と言い出す。日中なら落ち着いて見ていられることでも、午前3時の暗い寝室では、家族にとって「もうダメかもしれない」という恐怖そのものになります。 ここで大切なのは、深夜のコールの多くが医学的には「予測されていた変化」だということです。死前喘鳴(しぜんぜんめい)も終末期せん妄(せんもう)も、呼吸困難感の増悪(ぞうあく)も、看取りが近づいたときに高い頻度で起こる自然経過の一部です。つまり、事前に説明し、頓用(とんよう)薬を家に置き、電話で何を聞くかを決めておけば、その多くは「救急車を呼ばずに、家で看取る」ことができます。逆に、準備がないまま深夜の電話を受けると、家族は119番を押し、望まない搬送と心肺蘇生が起こります。 この資料では、深夜のコールで実際に何が起きているのかを、終末期せん妄の評価と対応、死前喘鳴への家族説明、在宅での緊急時オピオイドレスキューという三つの柱で整理します。対象は在宅医療に関わる看護師、介護職、ケアマネジャーの皆さんです。医師でなくても、電話口で「何を聞き、何を伝え、何を頼むか」が決まっていれば、その夜の質は大きく変わります。
【在宅看取りの実際】点滴1000mlが、最期の苦しみを増やすことがある|#304
2026/09/27
在宅での看取りの場面で、相談が多いテーマのひとつが「食べられなくなった」「飲めなくなった」です。そしてそこで話題になるのが、点滴をするかどうか、するとしたらどの程度にするか、という問題です。終末期、とくに亡くなる前の数週間では、一日千ミリリットルの輸液が利益をもたらさず、体液貯留による負担を増やす方がいます。一方で、可逆的な脱水症状があり、少量の輸液で楽になる方もいるため、量だけで良し悪しを決めません。 体が最期に向かうとき、腎臓から水を出す力や、血管内に水分を保つ力が低下することがあります。その状態で輸液が身体の処理能力を上回ると、水分が血管外に移動し、手足の浮腫(ふしゅ)、腹水(ふくすい)、胸水(きょうすい)、気道分泌(ぶんぴつ)物の増加につながる場合があります。「元気になってほしい」という善意で始めた点滴でも、状態の変化に合わせて利益と負担を見直す必要があります。 一方で、ご家族の「食べさせたい」「せめて点滴だけでも」という思いは、決して間違いでも無知でもありません。それは最後まで何かしてあげたいという愛情の表現です。在宅医療スタッフに求められるのは、点滴を否定することではなく、体の変化を正しく説明し、家族の思いが別の形のケアに着地できるよう支えることです。このテーマは、医学的判断の問題であると同時に、家族の後悔を減らすコミュニケーションの問題でもあります。
【在宅看取りの実際】食べられないとき、からだで起きていること|#303
2026/09/27
在宅での看取り(みとり)の現場で、最も多くの家族を揺さぶるのが「食べられなくなった」という場面です。数日前まで少しは食べていた人が、ある日から口を開けなくなる。ご家族は「このままでは飢え死にさせてしまう」と感じ、「先生、点滴をしてください」と訴えます。この訴えの裏にあるのは、医学的な判断の要求ではなく、何もできないことへの恐怖と罪悪感です。ここを理解しないまま「点滴は不要です」とだけ答えると、家族は置き去りになり、在宅看取りそのものが崩れてしまいます。 医学的に押さえておきたいのは、終末期では、病状の進行によって食べられなくなることが多いという点です。がんの悪液質(あくえきしつ)、老衰、心不全や腎不全の末期では、それぞれ経過は異なりますが、水分や栄養を処理する力が低下することがあります。輸液が浮腫(ふしゅ)、胸水(きょうすい)、腹水(ふくすい)、気道分泌(ぶんぴつ)の増加につながる方もいれば、可逆的な脱水症状が改善する方もいます。点滴は「愛情の量」ではなく、本人に期待できる利益と負担を個別に評価して決める医療行為です。 もう一つの重要な点は、終末期の口渇(こうかつ)が輸液量だけでは決まらず、口腔(こうくう)内の乾燥に対するケアで和らぐことが多いということです。輸液を行うかどうかとは別に、口腔ケアは本人の快適さを支える手段になります。そして、その手段の主役を家族が担うこともできます。この資料は、在宅で働く看護師、介護職、ケアマネジャーが、経口摂取(けいこうせっしゅ)低下と輸液の調整という難所を、家族と一緒に越えていくための実践資料です。
【在宅看取りの実際】モルヒネは命を縮めますか、と聞かれたら|#302
2026/09/27
在宅での看取り(みとり)の場面で、医療者がもっとも頻繁に投げかけられる質問のひとつが「モルヒネを使うと、命が縮まるのではないですか」というものです。この問いは、単なる薬理学の質問ではありません。その背後には、「自分たちの選択で親の死を早めてしまうのではないか」という家族の罪悪感への恐れ、そして「最後までできることをしてあげたい」という願いが隠れています。ここで医療者が曖昧に答えたり、逆に専門用語で押し切ったりすると、家族は薬の使用をためらい、結果として患者は苦痛のまま最期を迎えることになります。 現在のエビデンスでは、疼痛(とうつう)や呼吸困難に対して適切に調整されたオピオイド(医療用麻薬のこと。モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルなどの総称)の使用が、生存期間を短縮するという根拠は示されていません。むしろ、苦痛が十分に緩和されることで睡眠や食事、家族との会話が保たれ、患者の生活の質が上がる場面を在宅の現場では日常的に経験します。にもかかわらず、モルヒネ=終末の薬、モルヒネ=眠らせる薬、モルヒネ=中毒になる薬という誤解は根強く残っています。 そしてもうひとつ、在宅看取りの終盤で避けて通れないのが鎮静(ちんせい)の問題です。あらゆる手段を尽くしても取れない苦痛に対して、意識レベルを下げることで苦痛を感じなくする医療行為。これを安楽死と混同したまま実施すれば、家族にも、そして担当したスタッフ自身にも深い傷を残します。この資料では、持続皮下注(じぞくひかちゅう)によるオピオイドの実際、鎮静と安楽死の決定的な違い、そして家族への説明の言葉を、現場ですぐ使える形で整理します。
【在宅看取りの実際】あと二週間、と言えるか──看取り期のサイン|#301
2026/09/27
在宅看取り(みとり)の現場で、私たちが最も問われるのは「あとどのくらいですか」という家族の一言です。この問いに黙ってしまうか、根拠をもって「週の単位かもしれません」と伝えられるかで、その後の二週間の過ごし方は大きく変わります。遠方の家族が間に合うか、本人の希望した場所で最期を迎えられるか、夜中に慌てて救急車を呼ばずに済むか。予後(よご)の見立ては、医学的な予測であると同時に、家族の時間を守るケアそのものです。 日本の人口動態統計では、自宅で亡くなる人の割合は近年上昇し、二〇二二年には全死亡の約十七パーセントに達しました。一方で、在宅療養中に最期の局面で救急搬送され、病院で亡くなるケースも依然として少なくありません。その多くは、看取り期に入ったという認識が家族とチームの間で共有されていなかったことに起因します。つまり「判断できなかった」のではなく「判断を言葉にして共有できなかった」のです。 予後予測は当たり外れの博打ではありません。臨床医の主観的な予測は楽観的にずれやすいことが繰り返し指摘されており、そのずれを補正するために、PPS(ピー・ピー・エス、パリアティブ・パフォーマンス・スケール)やPaPスコア(パップスコア、パリアティブ・プログノスティック・スコア)といった客観的な指標が開発されてきました。看護師も介護職もケアマネジャーも使える共通言語として、これらを日々の訪問記録に落とし込むこと。それが「あと二週間、と言えるか」への第一歩になります。
【訪問時の暴力・ハラスメント】玄関の空気が変わる瞬間、気づけますか|#300
2026/09/21
在宅医療・介護の現場は、病院と決定的に違う点があります。それは「相手の領域(テリトリー)に、こちらが一人で入っていく」ということです。病院なら、ナースコールを押せば同僚が来ます。廊下には人がいます。しかし訪問先では、玄関のドアが閉まった瞬間から、私たちは応援のいない密室にいます。この構造そのものが、暴力やハラスメントのリスクを高めています。 厚生労働省が委託して行った介護現場のハラスメント実態調査では、サービス種別によって差はあるものの、利用者やその家族から何らかのハラスメントを受けた経験があると答えた職員が、おおむね四割から七割に及ぶという結果が報告されています。訪問系サービスでは、密室性と単独訪問という条件が重なるため、特に注意が必要だとされています。つまりこれは、一部の不運な職員に起きる例外的な事故ではなく、この仕事に構造的についてくるリスクだということです。 そしてもうひとつ大切なのは、暴力やハラスメントは「突然」起きることが少ない、ということです。多くの事例を振り返ると、その前に必ずと言っていいほど小さなサインが出ています。玄関の照明が消えている。いつもと違う靴がある。施錠(せじょう)の音がする。声のトーンが低い。アルコールのにおいがする。こうした予兆(よちょう)に気づき、撤退するか、体制を変えるかを判断できるかどうか。そして、その判断を個人の勇気ではなく組織のルールとして支えられるかどうか。この回では、この二つを具体的に扱います。
【訪問時の暴力・ハラスメント】「次も同じ人が訪問に行く」をやめた日|#299
2026/09/21
在宅医療・介護の現場では、訪問先が利用者の生活空間そのものです。密室性が高く、応援をすぐに呼べず、逃げ道も限られる。この構造的な脆弱さ(ぜいじゃくさ)ゆえに、利用者や家族からの暴力・暴言・セクシュアルハラスメントは、病院よりも深刻化しやすいことが指摘されています。厚生労働省が公表した介護現場におけるハラスメント対策マニュアルでも、訪問系サービスは単独訪問が原則であることがリスク要因として明記されています。 それでも現場でしばしば起きるのが、「あの人は担当のAさんじゃないと怒るから」「新人を行かせたらもっと荒れる」という理由で、被害を受けた職員が翌週も同じ家に一人で行く、という運用です。これは一見すると利用者本位の継続性の尊重に見えますが、実態は個人の我慢に依存したリスク管理であり、再発防止の観点では最も避けるべき形です。被害を受けた本人が担当を外れられないかぎり、事業所としては「何も対策を取っていない」のと同じ状態が続きます。 この資料では、視点を再発防止に置きます。つまり、起きてしまった一件をどう処理するかではなく、二度目を起こさないために訪問の形をどう組み替えるか、という話です。鍵になるのは三つ。複数名訪問・時間帯変更・担当交代という手段の使い分け、利用者と家族への申し入れと合意形成の進め方、そして契約解除に至る前の段階的対応です。「次も同じ人が行く」をやめた日から、事業所のハラスメント対策は始まります。
【訪問時の暴力・ハラスメント】夜10時の訪問、ひとり、車の中というリスク|#298
2026/09/21
在宅医療・在宅介護の現場では、24時間対応が当たり前になりつつあります。夜10時に鳴るオンコール、暗い住宅街の路上に停めた一台の車、玄関先でひとりきりになる数十分。この時間帯に起きていることは、医療行為だけではありません。移動そのもののリスク、単独で密室に入るリスク、そして利用者や家族からのハラスメントのリスクが、同時に重なります。日中であれば「誰かが見ている」「すぐ応援が来る」という前提が、夜間には一気に崩れます。 ハラスメントについては、国も対策を進めています。厚生労働省の「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」や、全国訪問看護事業協会が作成した訪問看護職員向けの暴力・ハラスメント対応マニュアルでは、被害を個人の対応力の問題にせず、事業所として組織的に備えることが繰り返し強調されています。調査では、訪問系サービスに従事する職員のおよそ半数が、利用者や家族から身体的暴力、精神的暴力、セクシュアルハラスメントのいずれかを受けた経験があると報告されています。決して「運が悪い人だけの話」ではありません。 さらに見落とされがちなのが、移動と車です。訪問と訪問の間の運転は通勤ではなく業務であり、事故は労働災害になり得ます。夜間は交通事故の件数そのものは昼間より少ない一方で、死亡事故に占める割合は高く、視認性の低下と疲労が重なる時間帯です。夜10時に、疲れた頭で、知らない細い道を、慣れない駐車場所を探しながら走る。この状況を「気をつけて運転してね」という声かけだけで乗り切らせているとしたら、それは仕組みの不足です。この資料では、夜間オンコール訪問の安全確保、位置共有と応援要請の仕組み、そして交通・駐車・悪天候時の訪問可否判断という三つの観点から、明日から動かせる対策を整理します。
【訪問時の暴力・ハラスメント】記録を充実させる事が自分の身を守るかもしれません|#297
2026/09/21
在宅医療・介護の現場では、職員は「利用者の生活の場」という閉じた空間に、多くの場合ひとりで入っていきます。病院なら同僚の目があり、防犯カメラがあり、応援がすぐ来る。訪問先にはそのどれもありません。全国訪問看護事業協会が厚生労働省の老人保健健康増進等事業として実施した調査では、訪問看護職員のおよそ半数が、利用者や家族から身体的暴力・精神的暴力・セクシュアルハラスメントのいずれかを受けた経験があると回答しています。厚生労働省の「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」でも、訪問系サービスは被害経験割合が高いサービス類型として明確に位置づけられています。 問題は、被害が起きたときに現場に残るものが「本人の記憶」しかない、という点です。数か月後に労働災害(労災)の申請をする、あるいは民事訴訟や刑事手続に進む段になって、頼りになるのは当時の記録だけです。ところが実際の記録を見ると、「対応困難」「威圧的だった」「セクハラあり」といった評価の言葉ばかりで、何が起きたのかが復元できないものが少なくありません。評価だけの記録は、相手方から「主観にすぎない」と一言で崩されます。 もう一つの背景として、事業者側の法的責任があります。労働契約法第五条は、使用者が労働者の生命・身体等の安全を確保するよう配慮する義務、いわゆる安全配慮義務(あんぜんはいりょぎむ)を定めています。職員が被害を報告していたのに事業所が何もしなかった場合、事業者自身が責任を問われます。つまり記録と報告は、職員を守る道具であると同時に、事業所を守る道具でもあります。この回では「裁判や労災の場面で使える記録とは何か」を、書き方・報告ルート・証拠保全の三点から整理します。
【訪問時の暴力・ハラスメント】患者さん・利用者さんから怒鳴られた時の初動を検証する|#296
2026/09/21
在宅医療・在宅介護の現場は、病院のように守衛やナースコール、応援を呼べる同僚がすぐそばにいる環境ではありません。私たちは、鍵のかかる他人の住まいに、多くの場合ひとりで入っていきます。そこで利用者さんやご家族から突然怒鳴られたとき、逃げ場も証人もない状況で、数十秒のうちに判断を迫られます。訪問先での暴言(ぼうげん)や威圧(いあつ)は、単なる「気まずい出来事」ではなく、職員の心身の健康と、その後のサービス継続そのものを左右する重大なリスク要因です。 各種の実態調査では、訪問系サービスに従事する看護職・介護職のおおむね4割から5割が、利用者やご家族からの暴力・暴言・セクシュアルハラスメントを経験していると報告されています。しかも訪問という業務特性上、その多くは目撃者のいない密室で起きています。にもかかわらず、現場では「これくらいは我慢するもの」「認知症の周辺症状(BPSD、行動・心理症状)だから仕方ない」「自分の説明が悪かったのかもしれない」と個人の内側で処理されてしまい、事業所に報告されないケースが少なくありません。報告されなければ組織は動けず、同じ職員が同じ家で同じ目に遭い続けます。 このPodcastでは、怒鳴られた「最初の5分」に焦点を当てます。なぜ5分かというと、この時間帯に決まることが三つあるからです。ひとつは自分の身体的安全、つまり殴られずに家を出られるかどうか。ふたつめは関係性の行方、つまり相手の興奮が鎮まる方向に向かうか、さらに燃え上がるか。そして三つめは、後から組織として対応できるだけの事実が残るかどうかです。この三つは、勇気や根性ではなく、あらかじめ決めておいた手順で守ります。距離の取り方、退出動線(たいしゅつどうせん、その場から安全に出るための経路)の確保、撤退の判断基準、そして直後の連絡・記録。この四つを、明日の訪問から使える形で整理していきます。
【訪問時の暴力・ハラスメント】撤退を決めるのは現場ではなく事業所|#295
2026/09/21
訪問看護、訪問介護、居宅介護支援といった在宅サービスは、スタッフが一人で利用者宅という密室に入っていく働き方です。病院や施設のように同僚の目や防犯設備がなく、何かが起きても即座に助けを呼べません。この構造そのものが、暴言、身体的暴力、セクシュアルハラスメント(性的いやがらせ)といった被害が起こりやすい土壌になっています。厚生労働省が2018年度に実施した「介護現場におけるハラスメントに関する調査研究」では、利用者や家族等から何らかのハラスメントを受けた経験がある職員が、サービス種別により約4割から7割にのぼることが示されました。訪問系サービスでは、とくにセクシュアルハラスメントの割合が高い傾向が報告されています。 それにもかかわらず、現場では「私が我慢すればサービスが続く」「断ったら利用者さんが困る」「ケアマネさんに迷惑がかかる」といった理由で、被害が報告されないまま抱え込まれがちです。ここで確認したいのが、本資料のサブテーマである「撤退を決めるのは現場ではなく事業所」という原則です。訪問を続けるか、いったん中止するか、契約を解除するか。この判断は、恐怖や罪悪感のただ中にいる担当者が一人で背負うものではありません。事業者には労働契約法第5条に定められた安全配慮義務があり、組織として判断し、組織として利用者・家族に説明し、組織として行政や保険者へつなぐ責任があります。 もう一つ重要なのは、ハラスメントに見える行為のすべてが「悪意」ではないという視点です。認知症(にんちしょう)の行動・心理症状、せん妄(せんもう)、脱抑制(だつよくせい)、疼痛(とうつう)や低酸素による不穏、薬剤の影響など、医学的に説明できる状態像が背景にあることは珍しくありません。だからこそ、一人の職員の主観ではなく、多職種で情報を持ち寄り、医学的評価と労働安全の両面から組織として判断する仕組みが要ります。「我慢」でも「感情的な撤退」でもない、第三の道を用意することが本テーマの核心です。
【訪問時の暴力・ハラスメント】床が見えない家、噛む犬、消えない煙|#294
2026/09/21
在宅医療の現場は、病院と決定的に違う点があります。それは、そこが「相手の生活の場」であり、こちらが環境をコントロールできないという点です。物であふれて床が見えない居室、玄関を開けた瞬間に飛びかかってくる犬、在宅酸素療法(ざいたくさんそりょうほう)を使いながら消えることのないたばこの煙。これらはどれも、利用者本人の生命リスクであると同時に、訪問するスタッフの身体と健康を脅かす労働安全の問題でもあります。 近年、この領域は「個人の我慢」から「組織のリスクマネジメント」へと明確に位置づけが変わりました。厚生労働省は2019年度に介護現場におけるハラスメント対策マニュアルを作成し、その後も事例集や研修手引きを追加しています。訪問系サービスは、密室・単独・長時間という三条件がそろうため、暴力・セクシュアルハラスメント・過剰要求のリスクが構造的に高い職種です。そして住環境そのものが持つ危険、すなわち不衛生・動物・煙は、「ハラスメントではないが安全を脅かす要因」として、同じ土俵で評価されるべきものです。 一方で、私たちは環境が劣悪だからという理由だけでケアを打ち切ることはできません。むしろ、床が見えない家にこそ、転倒を繰り返し、褥瘡(じょくそう)を抱え、社会から孤立した人がいます。求められるのは、撤退か我慢かの二択ではなく、リスクを言語化し、記録し、組織で共有し、環境に介入しながら訪問を継続する技術です。この資料では、その具体的な手順を三つの重点テーマで整理します。

Podcast reviews

Read おうちで診る医療|名古屋発!ごうホームクリニックの在宅医療ポッドキャスト podcast reviews


0 out of 5
0 reviews

Podcast sponsorship advertising

Start advertising on おうちで診る医療|名古屋発!ごうホームクリニックの在宅医療ポッドキャスト relevant audience podcasts


What do you want to promote?