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聖書さんぽ

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Rating
★★★★★
5
from
5 reviews
This podcast has
27 episodes
Language
Japanese
Explicit
No
Date created
2026/04/01
Latest episode
2026/10/10
Average duration
38 min.
Release period
9 days

Description

聖書散歩は、創世記から黙示録まで聖書全体を読み進めながら、日々の通読を助けるためのポッドキャストです。それぞれの書物をどのように読めばよいのか、どのような役割を持っているのかをたどりながら、聖書全体の大きな流れとつながりをわかりやすく学んでいきます。毎日の聖書通読がより深く、より楽しくなることを願ってお届けします。

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ダニエル書入門:歴史を支配する神
2026/10/10
ダニエル書は実は2つの言語で書かれています。1章と8〜12章はヘブライ語、2〜7章はアラム語。この切り替えは、異国の地で言葉も文化もわからないまま生きた捕囚の民の体験を、読者にも味わわせる文学的な仕掛けかもしれません。今回はダニエル書のジャンル、2〜7章に隠されたキアスムス構造、そしてその中心に置かれたネブカドネツァルとベルシャツァル王の高ぶりと謙卑について語ります。バビロンの王さえもひれ伏さざるを得ない、歴史を支配する神こそが、やがて「人の子」として来られる救い主キリストへの希望を指し示しています。
エゼキエル書入門:捕囚の地に来られる神
2026/09/24
エゼキエル書1章の車輪と御座の幻は、恐ろしく見えて実は希望のしるしでした。神の栄光はエルサレムを去っていきますが、それは同時に捕囚の地バビロンにいる民へと近づいていく動きだったのです。今回はエレミヤ書との違い、書全体の構造、そして真ん中に置かれた諸国民への裁きの預言(29章、エジプトの巨獣と創世記3章15節の原福音とのつながり)を解説します。動く神殿は、やがて肉体を持って歩まれ、私たちの追放の只中まで来てくださったイエス・キリストにおいて成就する希望です。
番外編:聖書の順序はなぜ大切なのか
2026/09/16
聖書の本は、なぜこの順番に並んでいるのでしょうか。今回は聖書さんぽ初の番外編・ゲスト回!MUSTARD SEED クリスチャン教会 京都の牧師・吉枝森さんをゲストに迎え、聖書の「順序」について語ります。旧約聖書には異なる配列の伝統があり、本の置かれる場所によって、その書物の見え方や聖書全体とのつながりが変わることがあります。ルツ記や歴代誌を具体例に、聖典的文脈、聖書神学、そして聖書全体を一つのキリストへと向かう物語として読むことの意味を考えます。MUSTARD SEED クリスチャン教会 京都公式サイト:mustardseedkyoto.com
エレミヤ書入門:裁きの果てにある新しい契約
2026/09/09
「引き抜き、引き倒し、滅ぼし、壊し」──神がエレミヤに与えた務めは、否定的な言葉を重ねた末にようやく「立て、また植える」という希望にたどり着きます。今回はエレミヤ書全体を貫く対称的な構造と、ヨシヤの改革からバビロン捕囚に至る激動の時代背景、そして自らの内面を赤裸々に語る預言者エレミヤ自身の姿を概観します。裁きの言葉の奥には、心に律法が刻まれる「新しい契約」という、キリストによって成就する救いの約束が待っています。
イザヤ書:麗しい王を見る
2026/08/25
「あなたの目は麗しい王を見」(イザヤ33:17)——預言者イザヤでさえ命がけで見た王の顔を、神を信じる者はみな見ると約束されている。今回はイザヤ書全66章の大枠を整理し、5つのセクション区分・歴史的背景・「聖なる聖なる聖なる」の神学的意味を解説。主の僕・インマヌエル・新しい創造がいかにイエス・キリストへと収束するかを見ていく。
哀歌・雅歌:嘆きと愛の歌
2026/08/14
雅歌8章6節の「愛はヤハウェの炎」という訳、そして哀歌がヘブライ語22文字を使ったアクロスティック詩である事実——どちらも偶然ではなく、神学的に精巧に設計された書物です。今回は「歌の中の歌」雅歌の比喩の読み方と、エルサレム崩壊の廃墟から歌われた哀歌の構造を丁寧に解説。焼け野原の中でこそ「主のあわれみは尽きない」と告白できる信仰は、キリストにある愛の確かさへと私たちを導きます。
列王記:御言葉が命を与える
2026/08/06
バールは「雨の神」だった——だからこそ神様はあえて雨を止め、「雨を支配するのは私だ」と証明した。今回は列王記の全体構造、北と南の王国、ソロモンの失敗、そしてエリヤが馬車より速く走った場面が指し示す命の希望を解説。王国の滅亡は単なる歴史ではなく、御言葉に従うことが命への道であるという、今も語りかけるメッセージです。
サムエル記:王の始まりと神が選ぶ心
2026/07/12
「主は高ぶる者を低くし、低い者を高く上げられる」——冒頭のハンナの祈りが、サムエル記全体の鍵です。士師の時代から王の時代への移行期、民は「他の国々のような王」を求め、背の高いサウルが与えられます。しかし神が見るのは外見ではなく心。羊のために命を懸ける牧者ダビデが油を注がれ、ダビデ契約によって永遠の王座が約束されます。それでもダビデはバテシェバの罪と人口調査でつまずく——もともと一冊だったサムエル記第一・第二を一気に歩きながら、より優れたダビデの子、羊のために命を捨てる王イエス・キリストへの期待を確かめるエピソードです。
ルツ記:神の摂理と誠実な愛
2026/07/10
士師記を読んで後味が悪いと感じたなら、それは正しい読み方です——ヨシュア亡き後のイスラエルは、罪、抑圧、叫び、救出のサイクルを繰り返しながら、どんどん深く腐敗していきます。左利きのエフデ、女預言者デボラ、ぶどうの踏み場に隠れるギデオン、ナジル人の規定をことごとく破るサムソン。士師たち自身もグレーに、やがて黒くなっていく負のスパイラルの果てに、書物はこう締めくくられます——「イスラエルには王がなく、それぞれが自分の目に良いと見えることを行っていた」。自分の目に良いことを行う私たちに必要なのは、御言葉で民を導き、代わりに苦しみ、死んで復活してくださる王、イエス・キリストです。
士師記:王なき時代と救いへの叫び
2026/07/09
士師記を読んで後味が悪いと感じたなら、それは正しい読み方です——ヨシュア亡き後のイスラエルは、罪、抑圧、叫び、救出のサイクルを繰り返しながら、どんどん深く腐敗していきます。左利きのエフデ、女預言者デボラ、ぶどうの踏み場に隠れるギデオン、ナジル人の規定をことごとく破るサムソン。士師たち自身もグレーに、やがて黒くなっていく負のスパイラルの果てに、書物はこう締めくくられます——「イスラエルには王がなく、それぞれが自分の目に良いと見えることを行っていた」。自分の目に良いことを行う私たちに必要なのは、御言葉で民を導き、代わりに苦しみ、死んで復活してくださる王、イエス・キリストです。
ヨシュア記:約束の地と神の戦い
2026/07/09
遊女ラハブは救われ、イスラエル人アカンは滅ぼされた—ヨシュア記の「聖絶」は人種の問題ではなく、神への応答の問題です。ヨルダン川を渡り、ついに約束の地へ入るイスラエル。エリコの戦い、アカンの罪、ギブオン人の駆け引き、そして長い土地の分配まで、神ご自身が先陣を切って戦い、民の真ん中に住まわれる物語を読み解きます。出エジプトの知らせは40年かけてカナンにも届いていた—裁きの中にも立ち返る道は開かれていました。ヨシュアが与えきれなかった本当の安息は、より優れたヨシュア、イエス・キリストによって与えられます。
申命記:契約の更新と約束の地への備え
2026/07/09
「申命記は旧約聖書の心臓だ」——創世記からの流れをすべて受け取り、続く歴史書と預言書に命を送り出す書物。シナイ契約を経験していない新しい世代に向けて、モーセは40年の荒野の歴史を振り返り、律法を語り直し、約束の地を目前に契約を更新します。シェマー(聞け、イスラエル)に込められた全存在で神を愛せよという招き、御言葉を書き写して生きる王の規定、祝福と呪い、そして29〜30章に予告される「心の割礼」まで。自分の力では神を愛しきれない私たちに、キリストの死と復活、聖霊の内住によって神を愛する力が与えられる——申命記はすでに福音を指し示しています。
民数記:荒野の旅とエデンの回復
2026/06/19
敵の預言者バラムには、不平にまみれたイスラエルの宿営が「園のよう」に、主の使いに守られたエデンとして見えていた——荒野で渇く民が見落としていた真実です。本エピソードでは、人口調査が約束成就と聖戦への備えであること、青銅の蛇に込められた死による死の逆転、バラムの星と王笏の預言、そして新しい世代への継承を辿ります。高く上げられた呪いの蛇を仰ぎ見て生きた民の姿は、十字架に上げられ、蛇の頭を砕くキリストを指し示しています。
レビ記:贖いの日と神の聖さ
2026/06/19
モーセ五書の真ん中はレビ記、そのレビ記の真ん中、つまり律法全体の中心には「贖いの日」(16章)が置かれています。神様は意地悪な律法主義者ではなく、罪をなだめ、人と共に住もうとされる方なのです。本エピソードでは、二匹のヤギに込められた代理の死と追放、清さと汚れの三段階、なぜ豚は清くないのか、そして新約での成就を語ります。罪を背負い、追放され、私たちを神の臨在へと連れ戻すヤギ――それはイエス・キリストを指し示しています。
出エジプト記25–40章:幕屋、金の子牛、神の栄光
2026/06/08
ヨハネの福音書1章14節の「住まわれた」は、ギリシャ語で「幕屋した」という言葉です。イエス・キリスト御自身が、より優れた真の幕屋として来られた——ヨハネはそう告げています。 このエピソードでは、出エジプト記25章から40章を取り上げます。幕屋の細かな設計図がなぜこれほど詳しく書かれているのか、幕屋とエデンの園との繋がり、神様の足台としての契約の箱の意味を見ていきます。また、金の子牛の事件を通して、人の内側が変えられなければ神から離れ続けるという、聖書全体に流れるテーマを考えます。モーセが「どうか私の名をあなたの書物から消し去ってください」と民のために取りなす場面、そして幕屋が完成し神の栄光がそこを満たす、出エジプト記のクライマックスまでをたどります。創世記3章以来、神が初めてご自分の民の間に住まわれるこの大きな出来事が、イエス・キリストへとどのようにつながっていくのかを考える回です。

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5 out of 5
5 reviews
★★★★★
jayoverthere 2026/05/02
Wonderful Resource
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