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Cobe.fm 本好きコンサル2人の読後感想戦

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Rating
★★★★★
5
from
1 reviews
Categories
Country
Japan
This podcast has
293 episodes
Language
Japanese
Explicit
No
Date created
2020/05/18
Latest episode
2026/09/28
Average duration
29 min.
Release period
11 days

Description

コンサル×アートでフリーランスっぽく働くみき(左)と、コンサル・リサーチ会社を経営するのぞみ(右)の二人で、1冊の本を実際に読んで感じたこと、思ったことをふんわり楽しく話します。ビジネス書から戯曲・小説、SF、ノンフィクションまで幅広く取り上げています。読書が好きな人、本が好きな人、学びが好きな人、ぜひお耳に合いましたら。 "読むことは人を豊かにする。聴くことは人を謙虚にする" みき(Tw: @miki_apreciar) のぞみ(Tw: @Nozomitnk) 書き起こしサービスLISTENはこちら:https://listen.style/p/hv5wngkh?LUsFq7mq

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落合信彦『狼たちへの伝言』#3:対話できる社会と狼の生き方
2026/09/28
「喧嘩しろ」という落合信彦の教えから、話は「そもそも人間は対話できるのか?」というところまで進みます。 喧嘩や修羅場をAIでシミュレーションできたら? 価値観が違う相手と話すために必要な暗黙のルールとは? 自分の損得と社会全体の損得が食い違った時、何を主張するのか?「対話が成立する社会を目指したい」みきと、「言葉は人類には早すぎたのでは」と考えるのぞみ。それでも、対話できる相手がいることの貴重さを確認しながら、『狼たちへの伝言』を現代から読み直します。 終盤は、落合信彦から息子・落合陽一へ、「男磨き」と「性根から叩き直す」の違い、そして戦争を“知識”ではなく身体感覚に近づける小説の力へ。最後まで寄り道しながら、「自分の世界観を持って生きる」とは何なのかを考えます。 世代と喧嘩/恋と喧嘩を見たい欲望/AIと喧嘩する?AIメンヘラ化/修羅場のシミュレーション/落合信彦と落合陽一/退路を断ってリスクを取る/対話できる社会/「言葉は人類には早すぎた」/対話の暗黙ルール/社会の対話成立度/『誤謬論入門』/AIで誤謬を計測する/相反する価値観との対話/自分の損得と全体の利益/役割と自分の美学/狼になれという処方箋/田中角栄と落合信彦/男磨きと性根から叩き直すこと/落合信彦に感銘を受けた人はどこにいる?/口が悪くなるのぞみ/バオ・ニン『戦争の悲しみ』/戦争をシミュレーションする文学/ディエンビエンフー/次回『侍女の物語』
落合信彦『狼たちへの伝言』#2:大人になるってどういうこと?
2026/09/21
読み進めるうち、最初の「しんどい」から少しずつ見えてきた『狼たちへの伝言』の別の顔。それは、「大人になったなら、大人として生きろ」というメッセージでした。 現代の「男磨き」と落合信彦は似ているようで何が違うのか。大人も子供も同じコンテンツを楽しむ時代に、「複雑なものを複雑なまま理解する大人」はどこへ行ったのか。不条理を引き受けること、できないことをできるようにすること、自分の感性で考えること——二人なりの「大人になる条件」へ話が広がります。 そして、「戦え」「修羅場をくぐれ」というノビーの教えに、みきから根本的な疑問が。人は本当に傷つかなければ強くなれないのか? 実際の喧嘩や修羅場ではなく、「失敗のシミュレーション」で他者への想像力を育てることはできないのでしょうか。 ストレートしか投げない落合信彦/金と女と自慢を全部テーブルに乗せる/男磨きハウス/恋愛工学っぽさ/「お前の魂はどこに?」/大人と子供/ちいかわ/ドラえもん/大人向けコンテンツ/不条理を引き受ける/「できません」で終わらない/NISAをやってそうなブタ/『ヒトラーのオリンピックに挑んだ若者たち』/ボートと「狼になれ」/喧嘩は必要なのか/スポーツという模擬戦争/失敗のシミュレーション/差別への切り返しを練習する/ママさんバレーの冷戦
落合信彦『狼たちへの伝言』#1:圧がすごい
2026/09/14
今回の課題本は、落合信彦『狼たちへの伝言』。「金も名声も女も手に入れろ」「傷つけられたらやり返せ」1988年から飛んでくる、あまりにも強い断定の数々に、みきは目次から早くもひえー状態に。 「友情・努力・勝利」のジャンプ的世界観、自分の世界観を持つことと他人にそれを押しつけることの違い、差別されたらその場で言い返す落合信彦流のコミュニケーション。「狼として生きろ」というメッセージに圧倒されながら、自分たちが生きてきた文化やコミュニケーションの作法との違いを考えます。 スワロウテイル4Kリマスター/睡眠負債とOura Ring/テニス選手のお昼寝能力/原題『ブタは死ね』/目次から強すぎる/金・名声・権力・女/ロバート秋山のネタか?/友情・努力・勝利/自分の世界観を持つ/言い切るおじさん/差別にどう応答するか/パールハーバーと広島/「言い返して初めて対話が成立する」/日本的コミュニケーションと狼の論理
中谷宇吉郎 雪を作る話 #3:科学を紙芝居で伝えるべきか
2026/09/07
世界で初めて人工雪の結晶を作った物理学者・中谷宇吉郎。その科学エッセイを読みながら、雪の結晶の美しさ、自然を「作る」ことで理解する研究者の姿勢、そしてAI時代の私たちの知性について、みきとのぞみが語り合います。 -- 立春の日だけ卵が立つという俗説に、中谷宇吉郎はどう向き合ったのか。科学的に疑うこと、わかりやすく伝えること、そして人の想像力を育てるファンタジーの役割について話します。美しい結晶の思い出から、雪かきや雪上30キロ走のつらい記憶まで。雪を知るのぞみと、今年こそ本物の結晶を見たいみきが語る最終回です。 立春の日だけ卵が立つ?/俗説を疑う科学者の視点/ワールドカップの結果を予想するタコ/百年後にも読める文章/『かんざしを挿した蛇』と科学教育/科学を紙芝居で伝えるべきか/メディアの特徴を生かして伝える/現代の科学コンテンツ/刺激の強い時代と自然への関心/科学教育におけるファンタジーの力/『アナと雪の女王』から雪の科学へ/美しい雪と生活を苦しめる雪/雪かきと雪上30キロ走/人工降雪機と中谷宇吉郎の研究/真夏に読む雪の本/今年こそ本物の雪の結晶を見たい アダルトサイトで数学を教えている台湾人(エロなしの模様):https://melmagazine.com/en-us/story/math-lessons-on-pornhub
中谷宇吉郎 雪を作る話 #2:"雪の結晶は天から送られた手紙"
2026/08/31
世界で初めて人工雪の結晶を作った物理学者・中谷宇吉郎。その科学エッセイを読みながら、雪の結晶の美しさ、自然を「作る」ことで理解する研究者の姿勢、そしてAI時代の私たちの知性について、みきとのぞみが語り合います。 -- 「雪の結晶は天から送られた手紙である」この美しい言葉は、単なる詩的表現ではありません。結晶の形から上空の状態を読み解いた中谷の研究を手がかりに、「作ること」と「わかること」の関係を考えます。AIなら理解していなくても成果物を作れてしまう時代に、人間が本当に理解するとはどういうことなのか。話はPowerPointと仕事の未来にまで広がります。 スキー場で結晶を見るチャンス/豪雪地帯の巨大なつらら/中谷宇吉郎はなぜ雪に魅せられたのか/答えのない人工雪研究に四年間を捧げる/『茶碗の曲線』と中谷宇吉郎の弟/平凡社スタンダードブックスの装丁/紙の本の重さと魅力/雪の結晶は天から送られた手紙/結晶に書かれた空の状態という暗号/自然を理解するためにまず作ってみる/作ることとわかること/科学者の現場主義/AIで作ったものを自分は理解しているのか/AIが生み出すブルシットジョブ/PowerPointと理解力/AI時代に成果物を評価する意味/木を見て森を見ず
中谷宇吉郎 雪を作る話 #1:長野と東京の冬
2026/08/24
世界で初めて人工雪の結晶を作った物理学者・中谷宇吉郎。その科学エッセイを読みながら、雪の結晶の美しさ、自然を「作る」ことで理解する研究者の姿勢、そしてAI時代の私たちの知性について、みきとのぞみが語り合います。 -- ベーグル作りとAIによるアプリ開発という近況報告から、話題は涼しげな雪の世界へ。雪の結晶を肉眼で見た記憶がないみきと、雪深い土地で育ったのぞみ。二人の雪に対する解像度の違いから、中谷宇吉郎が心を奪われた北海道の雪、その不思議な美しさを想像します。 ベーグル作り/捏ね師の才能/バイブコーディングでiOSアプリ作った/バイブコーディングとエンジニアの必要性/東京の雪と、豪雪地帯の雪/雪の結晶を肉眼で見たことがない/雪印のマークは本当に空から降ってくるのか/中谷宇吉郎と世界初の人工雪/冬の北海道で本物の結晶を見たい
ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』#2:意識の濁流、スタンプラリー、叙情と叙述
2026/07/06
Part 2では、『灯台へ』をめぐる二人の読み方の違いが、よりはっきりしていきます。 みきは『灯台へ』を、口に出す前の心の動き、整理される前の意識の流れをそのまま書いた小説として受け止めます。ビジネスの世界では許されない「雰囲気」や、理由と結果に回収されない気分が、小説ではそのまま存在できる。一方ののぞみは、内面を直接書かれるよりも、動作や表情や物の動きだけを見せてほしいタイプ。そこから、「読む濁流」としてのウルフの文体、説明も接続詞も少ないまま人々のすれ違いを描く小説のあり方について話していきます。 話はさらに、足立美術館で見た横山大観、庭園を写真に収めて帰っていく観光客、舞台の感想をブログに書くためにメモを取る観客、そして旅先の居酒屋で偶然始まる東京03の感想戦へ。何かを「味わう」とはどういうことなのか。観光や鑑賞は、いつのまにかスタンプラリーになってしまうのか。それでも、スタンプを押すように出かけることにも、何かが残るのではないか。二人の考えは揺れながら交差します。 最後にたどり着くのは、「叙情」と「叙述」の違い。心を直接語られるよりも、事象だけを置いてほしいのぞみ。世の中そのものが叙情でできているように感じるみき。『灯台へ』の感想から始まった対話が、美術館、観光、舞台、旅、俳句へと広がりながら、二人それぞれの感じ方の輪郭を浮かび上がらせるPart 2です。
ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』#1:最高の1500円と人間の意識の形
2026/06/29
今回はヴァージニア・ウルフ『灯台へ』を読みます。 まずは、のぞみが発見した「最高の1500円」の話から。デパ地下で買った一本の生わさびが、塩、手巻き寿司、しそ、きゅうりと合わさって、生活の満足度を静かに底上げしていく。続いてみきは、映画を観たあと、後輩に部屋を片付けてもらった週末の話へ。本棚が整い、眠っていた本と再会し、新しいマットの上でごろごろする時間のなかで、「ケア」や「触れ合い」の感覚が立ち上がります。 そこから話題は課題図書『灯台へ』へ。出来事だけを追えば、灯台に行けなかった日と、十年後に灯台へ行く日を描いた、ほとんど何も起きない小説。でも、みきはそこに「人間の心の形がそのまま描写されている」と感じ、ウルフの天才性に圧倒されます。一方ののぞみは、視点がするすると移り変わる文体の読みづらさを手がかりに、伊藤亜紗さんの文章、濱口監督との対談、『自分一人の部屋』における「女性は鏡である」という思想へと話を広げていきます。 生活の小さな贅沢、映画と部屋掃除、そして百年前の小説。ばらばらに見える話題が、『灯台へ』のなかにある「意識」「ケア」「他者を見ること」へと少しずつつながっていくPart 1です。
ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』#3
2026/06/15
part3では、下巻に入っていよいよ推理が進みはじめる場面から、二人は「論理とは何か」という話をしていきます。アドソはウィリアムの背中を見ながら、論理をただの不変の武器としてではなく、「一度その中に入り、また外へ出る」ことで初めて使えるものとして理解しはじめる。みきとのぞみは、その成長の速さに驚きながら、アドソの“生徒力”の高さについて盛り上がります。 エーコが『薔薇の名前』を推理小説の形式で書いた理由にも話は及びます。人が死ぬから面白い、というだけではなく、証拠から推論し、仮説を立て、また見直すという営みそのものが、人間の思考の純粋な形なのではないか。のぞみは『プロジェクト・ヘイル・メアリー』やアンジャッシュのすれ違いコントにも通じる「推理の快楽」を語り、みきはミステリーを読みながらも、どこか一度きりで満足してしまう感覚を話します。 難解な修道院、迷宮の文書館、七日間で三年分くらい成長していくアドソ。二人は、読み切るのにかなり苦労したことを率直に話しつつ、それでも「読めてよかった」と振り返ります。後半では、失われたアリストテレス『詩学』第二部をAIで再現できるのか、自分の過去の思考をAIに読ませたら「過去の自分」は立ち上がるのか、という話へ。エーコの小説から、記号、推理、AI、自己のログへと話題が広がっていきます。 最後には次回の課題本選びへ。『侍女の物語』やクッツェ『恥辱』も候補に上がりつつ、次に読むのはヴァージニア・ウルフ『灯台へ』に決定。『薔薇の名前』を読み終えた二人が、少し疲れながらも、また難しそうな本へ向かっていく締めくくりの回です。
ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』#2
2026/06/08
part2では、『薔薇の名前』の中心にある「アリストテレス『詩学』の第二部」をめぐって、みきがかつて作った『詩学』のサマリーを手がかりに話が進みます。現存する『詩学』は悲劇を論じた書物であり、そこでは「哀れみ」と「恐れ」を呼び起こし、カタルシスを与えるものとして悲劇が重視されている。では、もしその続きに「喜劇」や「笑い」について書かれた第二部があったとしたら——。 二人は、「キリストは笑ったのか」という問いがなぜ人の命を賭けるほど重大だったのかを考えながら、この小説の読みにくさと、その奥にある豊かさについて語ります。のぞみは、記号論、キリスト教の宗派対立、迷宮の謎解きに自分がうまく乗り切れなかったことを率直に話し、みきはむしろ、現代の論理的思考とはまったく異なる中世の人間の頭の中を、わかる形で立ち上げてくれる小説として読んだと語ります。 自由に本を読めない文書館、知識欲を制限される修道士たち、異端という概念、聖典の解釈が人を裁き、死に至らせる世界。そこには、記号が記号を呼び、解釈がさらに解釈を生んでいくエーコの思想が見えてきます。薔薇そのものは消え、名前だけが残る。笑いをめぐる禁忌、失われた書物、燃え尽きる文書館を通して、二人は「中世」と「現代」がどこかで重なり合う感覚にも触れていきます。 読みにくい。けれど、ただ難しいだけではない。人間の考え方そのものが別の時代にあったことを、ミステリーの形を借りて体験させる小説として、『薔薇の名前』をもう少し奥へと歩いていく回です。
ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』#1
2026/06/01
ゴールデンウィーク明けの収録となった今回は、のぞみの函館旅行、みきのポーランド・ベルリン・新潟マタギツアーの話からスタート。五稜郭の桜、ハセガワストアの焼き鳥弁当、クラクフのキッチュなブックデザイン、本物のメーデー、本物の収容所、本物のクマ——それぞれが旅先で触れた「本物」の話を経て、舞台は中世イタリアの修道院へ。 課題本は、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』。思想書のような本だと思っていたら、実際には修道院で次々と人が死んでいくミステリータッチの小説だったことに驚きつつ、二人はその読みづらさ、面白さ、そして圧倒的な作り込みについて話していきます。 part1では、エーコがこの小説を書き始めたきっかけとして語る「修道士を毒殺したい」という不穏な一文、記号論の学者がなぜ中世の殺人事件を書いたのか、そして読者を修道院の中へ連れていくような空間描写について語ります。人物名も宗派対立も文書館の構造もとにかく複雑。相関図や図面を見ながらでないと迷子になるような小説を、迷子になったまま歩いていく回です。 中世、宗教、記号、ミステリー、そして「笑い」をめぐる禁断の書物。まだ全貌はつかめないまま、まずはこの巨大な修道院に足を踏み入れます。
世阿弥・岡田利規『現代語訳 風姿花伝』 #3
2026/05/25
part3では、みきが歌舞伎の『連獅子』を観た話から、『風姿花伝』をもう一度捉え直していきます。読んでいる時には「パフォーマーの話すぎる」と感じていた言葉も、十三歳の子役が大きな鬘をつけて舞台に立ち、観客から掛け声を受ける姿を見ると、急に別の意味を帯びてくる。若い時期にだけある花、そこに油断してはいけないという戒め、芸を続ける人に向けられた具体的な助言が、少しだけ身体感覚を伴って見えてきます。 話はそこから、歌舞伎における襲名や、名前を背負って生きることへ。個人として自由に生きるのではなく、受け継いだ名前に自分を寄せていく。そのあり方は、現代の個人主義から見ると不思議でもあり、同時に、長い時間をかけて芸を見続ける楽しみにつながっているのかもしれません。 のぞみはさらに、『風姿花伝』をコンサルティングの仕事にも引き寄せます。成果物としては資料が残るけれど、実際の仕事は、会議で何を言うか、どう聞くか、どのように場に立つかに大きく左右される。能を舞うように仕事をしているのに、外からは台本を書いているだけに見えているのかもしれない、という話が出てきます。 後半では、最近読んだ本の話へ。『ハイペリオン』のSFとしての面白さ、『コンサルの正体』に出てくる巨大プロジェクトの失敗談、『本なら売るほど』が描く古本屋と人の時間、宮本常一『忘れられた日本人』にある人間の一生の手触りなど、読書の話がゆるやかにつながっていきます。 『風姿花伝』を、自分の人生にどう引き寄せて読むのか。 part3では、歌舞伎、仕事、名前、本屋、民俗学の話を行き来しながら、芸を受け継ぐことと、時間をかけて人を見ることについて話しています。
世阿弥・岡田利規『現代語訳 風姿花伝』 #2
2026/05/18
part2では、岡田利規さんがなぜ『風姿花伝』を現代語訳したのか、という話から始まります。みきは、岡田利規さんの演劇が、言葉と身体のズレをめぐって展開されてきたこと、そしてその探究の先に能があったことを説明します。人が言葉を発するとき、その言葉は決して中立には出てこない。声や姿勢や身体のあり方が、どうしても言葉に影響してしまう。そのズレをどう扱うかという問いが、現代演劇と能をつないでいきます。 のぞみはそこから、『風姿花伝』に書かれている「観客に合わせて演じる」という考え方に引っかかります。一子相伝の秘伝書なら、自分の芸を貫くことが大事なのかと思いきや、世阿弥はむしろ、場や客層に応じて演じ方を変えることを説いている。みきはそれを、観客がいなければ成立しないパフォーミングアーツの性質として受け止めます。 後半では、話題は能からお笑いへ。芸人が名乗らずに舞台に入ることはかっこいいのか、足の角度を少し変えるだけで漫才のウケ方が変わるとはどういうことなのか。のぞみが芸人論のなかに「いい仕事」の感覚を見出す一方で、みきは「芸にはサービス精神が必要ではないか」と応じます。 世阿弥の言葉は、能だけでなく、演劇、漫才、プレゼン、コンサルティングの話にもつながっていく。 part2では、『風姿花伝』を、観客の前に立つ人が、自分の身体と言葉をどう扱うかを考える本として読んでいきます。
世阿弥・岡田利規『現代語訳 風姿花伝』 #1
2026/05/11
今回の課題本は、世阿弥『風姿花伝』。 冒頭は、スラムダンクを知らない中学生とのジェネレーションギャップから、電子書籍の贈り方、読書アプリ、そして「人は本をどう読んでいるのか」という話へ。みきは、文章を一語ずつ追うというより、ページ全体のなかで“光って見える言葉”を拾うように読む感覚を語ります。一方ののぞみは、その読み方に驚きながら、『風姿花伝』という本そのものが、順番に論理を追うよりも、「花」「年齢」「稽古」「役者のあり方」といった言葉を何度も行き来しながら読む本なのかもしれないと考えていきます。 『風姿花伝』は、もともと世阿弥が子へ伝えるために書いた、能の秘伝書です。けれど読んでみると、そこにあるのは「若い時の華やかさに油断するな」「大人になっても稽古を続けよ」「実力のない評判に惑わされるな」といった、意外なほど地道で現代的な助言でもあります。 一子相伝の奥義だと思って開くと、そこに書かれているのは、案外“仕事を続ける人”への実践的な言葉なのかもしれない。 part1では、読書の仕方の違いから入りながら、『風姿花伝』を「花とは何か」をめぐる本として読みはじめます。
フロム『自由からの逃走』 #3
2026/05/04
#3では、自由の話がさらに手触りのあるところまで降りてきます。会社員であることをどう引き受けるか、自分の意志で何かを動かす感覚はどこで手に入るのか、蓄財や自己最適化は本当に自由と呼べるのか。みきにとっての演劇の話ものぞみにとっての怒りの話も、どちらも「外側の仕組みに回収されないものを持てるか」という問いに触れているように聞こえます。最後にはタイトルそのものの含意まで立ち返りながら、『自由からの逃走』という本の射程を、それぞれの実感のほうへ引き戻して終わります。

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