
Advertise on podcast: ホッとする仏教のおはなし - ほうわの樹 -
This podcast has
95 episodes
Language
JapanesePublisher
Hiroki.daijuExplicit
No
Date created
2023/08/24
Latest episode
2026/10/14
Average duration
12 min.
Release period
6 days
Description
「みんな何かを背負いながら生きている🏃♂️」。営業職時代の挫折や身近な人の抱える困難を契機に、私が学び大切にしている考えです。そんな世界に、ホッとできる一時を提供できたら、ちょっとした気づきのキッカケをお届けできたら。そんな気持ちでお送りしております。皆様の日常に、少しでもやわらかな瞬間が訪れますように✨ プロフィール 藤井大樹 1984年生まれ。関西外国語大学卒(英米語学科)。 音楽療法カウンセラー。浄土真宗本願寺派 教雲寺 住職。営業職時代の挫折や身近な人の抱える困難を契機に、仏教の説く「苦」や「不条理」に焦点をあてながら僧侶として歩む。「みんな何かを背負いながら生きている」ことを大切にしながら、傾聴活動や配信業務など様々な分野に挑戦中。 Instagram https://www.instagram.com/hiroki.daiju/ Twitter https://twitter.com/hiroki_daiju Facebook https://www.facebook.com/fujii.hiroki1
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仏教の話が自分の話になる時
2026/10/14
こんにちは。「ほっとする仏教のおはなし、法話の樹」です。
仏教の話を聞いていて、「なるほど、いい話だな」と思うことがあります。けれど、話が終わったら、それまでどおりの生活に戻る。今日の自分とどうつながるのかは、よく分からない。そんなことはありませんか。
遠い昔に生きていた人の話。お寺の中だけの話。何かを深く信じている人たちの話。仏教を、そんなふうに少し離れたところへ置いて聞くこともあると思います。
今日は、仏教の話を「今ここにいる私の話」として聞く、ということを考えてみます。そのきっかけになったのは、イスラム教徒の方々との出会いでした。
私は、営業の仕事を辞め、僧侶として仏教の勉強を始めた頃、ある言葉に心を引かれました。
「いま、ここ、わたし」。
短い言葉ですが、私には、とても大事な言葉に思えました。どこかの誰かのことを説明しているだけではなく、今ここにいる、この私に関わる教えなのだ。それが仏教なのだ、と受け取ったのです。
ところが、勉強をしていると、また分かったつもりになることがあります。言葉の意味を覚えたり、本の説明を読んだりすると、少し安心するんですね。でも、その言葉を口にできることと、自分の暮らしの中で聞くことは、同じではないのだと思います。
そんな私が、改めて考えさせられた出会いがありました。
二〇一八年の七月です。広島では豪雨があり、その後、猛暑が続いた夏でした。その頃、タイから来られた三人と、東京にお住まいのバングラデシュの方二人を、ボランティアにお連れしたり、平和公園をご一緒したり、空港までお送りしたりする機会がありました。
ご一緒する中で、私は、皆さんのお祈りの時間に接しました。
あるとき、広島市内にある、マンションの一室のお祈りの場所へ伺いました。そこには、人が次々に集まってきます。一人ずつ、水で足や手首、顔を洗い、口をすすぐ。それまで着ていた、汗でぬれたTシャツから、きれいなシャツへ着替えて、お祈りをされました。
私に印象的だったのは、その時間を、皆さんが楽しみにしているように見えたことです。
決まりだから、仕方なくやっている。そんなふうには、私には見えませんでした。神さまに会える、神さまと通じ合える。その時間を喜んでおられるように感じたのです。
その中で、こんな言葉を聞かせてもらいました。
「神さまと私は、一対一です。直接通じています」。
ワン・オン・ワン、という言葉で話してくださいました。一人と一人で、向き合うということですね。
[少し間を置く]
私は、はっとしました。
皆さんにとって、そのお祈りは、宗教について何かを知る時間である前に、自分が神さまと向き合う時間なのだ。この方々の喜びは、そこにあるのかもしれない。私は、そのように感じました。
これは、イスラム教全体を説明するお話ではありません。私が出会った方々の言葉と姿から、私自身が教えられたことです。
そして私は、自分の方へ問いを戻してみました。
私は、お念仏を申すとき、どんなふうに向き合っているだろう。お経を読むとき、何をしているつもりだろう。言葉を間違えずに読めるか、うまく声が出るか。そちらばかり気にしていることもあります。
もちろん、丁寧に読むことは大切です。でも、読めた、読めなかったということだけで、お勤めの時間が終わってしまうのは、もったいないのかもしれません。
阿弥陀さまの願いは、今ここにいる私に届いている。そのことを聞く時間でもあるのですね。
私は、「お真向きさま」という言葉を教えていただいたことがあります。如来さまが、この私に真向かいにいてくださる、という味わいの言葉です。
遠くから、まとめて人間を眺めているのではなく、この私を目当てとしていてくださる。「すべての人を救う」という大きな願いの中に、この私も含まれている。私は、そう聞かせていただきます。
ここでいう一対一は、私だけを特別扱いしてもらうという意味ではありません。私にも、隣にいる人にも、それぞれの人に、願いが向けられているということです。
大勢でお経を読むこともあれば、一人でお仏壇に手を合わせることもあります。どちらであっても、そこにいる私の声として、お念仏を申している。借り物の声ではなく、今日のこの私の声です。
その私は、いつも落ち着いているわけではありません。腹の立つことがあった日もあります。気がかりなことがあって、集中できない日もあります。人に見せたくない思いを抱えたまま、手を合わせることもあるでしょう。
そんなものを全部片づけてからでないと、仏さまに向き合えないのだとしたら、私はなかなか向き合えません。
阿弥陀さまの願いを聞くというのは、そういう私が、そういう私のままで、見捨てられていないことを聞かせてもらうことなのだと思います。
お念仏を申したから、特別な声が聞こえたり、不思議な感覚が起きたりしなければならない、ということでもありません。何も感じない日にも、今日の私に届いている願いとして、南無阿弥陀仏と聞かせていただくのです。
仏教のお話を聞くときにも、同じことが言えるのかもしれません。
例えば、人と比べて苦しむお弟子の話を聞いたら、「昔の人も大変だったんだな」で終えることもできます。でも、「私は今、誰と比べているんだろう」と、自分の方へ向けて聞いてみると、少し違うところが開けます。
難しい言葉が分からなくても、自分の経験と重なるところが、一つあるかもしれません。逆に、言葉は全部分かっていても、自分には関係のないこととして聞いていることもあります。
「いま、ここ、わたし」。
仏教の話が、自分の方へ戻ってくるために、私はこの言葉を思い出します。自分を厳しく採点するためではありません。今、自分は何を抱えていて、その私に何が呼びかけられているのかを聞くためです。
今日この番組を聴いておられる場所は、お寺でないかもしれません。家事の途中かもしれませんし、移動中かもしれません。その場所にいる、今日のあなたの暮らしに、一つ重なる言葉があったらうれしく思います。
イスラム教徒の方々とご一緒したあの夏、私は、自分の宗教を自分の話として聞くことを、改めて教えていただきました。
南無阿弥陀仏。今日のこの私にも、阿弥陀さまの願いが届いています。
お聴きくださって、ありがとうございました。
父と子、9年ぶりの再会―お釈迦様の息子ラーフラ
2026/10/07
お釈迦様には、ラーフラという一人息子がいました。
ラーフラが生まれて間もなく、悟りを求めて故郷を離れたシッダールタ太子。そして長い年月を経て、仏となった父と、その息子が再会します。
母ヤショーダラーに「父から財産を譲ってもらいなさい」と言われたラーフラ。しかし、お釈迦様が息子に譲ろうとしたのは、金銀財宝ではありませんでした。
ラーフラの出家、そしてそのことを知った祖父シュッドーダナ王の悲しみから生まれた、教団の一つの決まり。
今回は、お釈迦様とその家族をめぐる物語をご紹介します。
5-Minute Dharma Talk: Looking at the Loss Beneath Our Anger
2026/10/04
Why do we get angry, even when we don't want to?
In this 5-Minute Dharma Talk, we look at anger from the perspectives of Buddhism and grief support.
In Buddhism, anger is called shin'ni (瞋恚) and is considered one of the three poisons. In grief support, anger can also be understood as an emotion that may arise when we feel we have lost something important.
So, instead of simply trying to get rid of our anger, what if we asked ourselves:
“What was I trying to protect just now?”
Perhaps our anger can help us notice something precious within us.
Take five minutes to pause, reflect, and explore what may lie beneath your anger.
なぜ私たちは、「怒りたくない」と思っていても、怒ってしまうのでしょうか。
今回の**「5-Minute Dharma Talk(5分法話)」**では、「怒り」を仏教とグリーフケア、二つの視点から見つめます。
仏教では「怒り」を「瞋恚(しんに)」といい、三毒の一つとして説かれます。一方、グリーフケアの視点から見ると、怒りの奥には、「自分にとって大切な何かを失った」という感覚が隠れていることがあります。
だから、怒りをただ消そうとするのではなく、こんなふうに自分に問いかけてみる。
「私は今、何を守ろうとしていたんだろう?」
怒りを見つめることは、自分が本当に大切にしているものに気づくことなのかもしれません。
5分間、少し立ち止まって、怒りの奥にあるものを一緒に見つめてみませんか。
日本語
妻とともに出家した仏弟子 -摩訶迦葉尊者-
2026/09/30
裕福な家に生まれながら、欲望に満ちた生活を離れたいと願った青年ピッパリは、同じ思いを持つ女性バッダーと結婚します。しかし二人は夫婦となってからも清らかな生活を守り続け、やがてともに家を捨て、出家の道を歩み始めました。
お釈迦さまと出遇った摩訶迦葉尊者は、ぼろきれを衣として身にまとい、衣食住への執着を離れる「頭陀行」を生涯貫いたことから、「頭陀第一」と称えられます。
なぜ彼は、そこまで厳しい生き方を選んだのでしょうか。
妻バッダーとの物語、そしてお釈迦さまとの深い信頼関係を通して、摩訶迦葉尊者の生涯をたどります。
お釈迦さまを認めることができなかった男 -人と比べる心-
2026/09/23
お釈迦さまに匹敵するほどの才能を持っていたともいわれる、提婆達多。
しかし彼は、やがてお釈迦さまに代わって自分が教団を率いようとし、それを拒まれたことから、反逆の道へと進んでいきます。
なぜ、優れた力を持つ人が、これほどまでにお釈迦さまを憎むようになったのでしょうか。
「認められたい」「自分のほうが優れている」「あの人さえいなければ」
提婆達多の物語を通して、誰の心にも潜んでいる「比べる心」について考えます。
When I’m Alone, I Want Company — When I’m With Someone, I Want to Be Alone
2026/09/19
English Description
Welcome to HOUWA NO KI — Heartwarming Buddhist Stories, the English version of Hōwa no Ki, presented by Taiki Fujii.
In this episode, we reflect on a very human contradiction:
“When I’m alone, I want to be with someone.But when I’m with someone, I want to be alone.”
Through a poem about never being truly alone, the Buddhist teaching of dependent origination, and the example of a three-legged race, we explore loneliness, human relationships, love, hatred, and our tendency to put our own convenience first.
What does Buddhism teach us about the connections between our lives?
And how does Amida Buddha call us to awaken to the life we share with others?
I hope this talk offers you a quiet moment to pause, reflect, and feel a little more connected.
Thank you for listening.
Japanese Description
「法話の樹・ほっとする仏教のお話」の英語版です。
今回は、「一人でいると二人になりたい。二人でいると一人になりたい」という、私たちが抱える矛盾した心をテーマにお話しします。
「一人じゃない」という言葉から、縁起という仏教の教え、そして二人三脚のたとえを通して、孤独、人とのつながり、愛と憎しみ、そして自分の都合を優先してしまう私たちの姿を見つめます。
私たちは、本当に一人で生きているのでしょうか。
そして、そんな私たちに阿弥陀さまは、どのように呼びかけてくださっているのでしょうか。
英語での法話にチャレンジしています。どうぞお付き合いください。
「手放せないもの」があってもいい|天女を求めて修行したナンダ
2026/09/16
「どうしても手放せないもの」はありますか?
大切な人への思いや欲しいもの。認められたい、成功したい、もっと幸せになりたい――。
今回ご紹介するのは、お釈迦さまの異母弟・ナンダのお話です。
結婚したばかりの妻を忘れられないまま出家したナンダ。そんな彼に、お釈迦様は「妻のことなど忘れなさい」とは言いませんでした。
執着を力ずくで押さえ込むのではなく、まず「自分はこれを手放せないんだな」と、その心を見つめてみる。
手放せない心から始まる仏教について、ナンダの物語を通して考えます。
Two Ears and One Mouth — A Buddhist Talk on Listening
2026/09/11
Welcome to “Heartwarming Buddhist Stories: Houwa no Ki.”
I’m challenging myself to share Buddhist teachings in English. My English may not be perfect, but I hope you’ll enjoy listening and join me on this journey.
In this talk, I reflect on a simple question: Why do we have two ears and only one mouth?
We often think about what we want to say. But perhaps Buddhism invites us to listen more carefully—to the people around us, to our own words, and to the voice within ourselves.
I hope this short Buddhist talk gives you a moment to pause, listen, and reflect.
Thank you for listening, and please take things at your own pace.
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「ほっとする仏教のお話・法話の樹」へようこそ。
今回から、英語で法話をお届けすることにチャレンジしてみます。まだまだ英語は勉強中ですが、どうぞ一緒にこの挑戦にお付き合いください。
今回は、「なぜ私たちには耳が二つ、口が一つあるのだろう?」という素朴な問いから、聴くことについて考えてみました。
人は、何を話すかについてはよく考えます。でも、周りの人の声に耳を傾けること、自分自身の言葉に耳を傾けること、そして自分の内側にある声に耳を澄ますことも、大切なのかもしれません。
この短い法話が、皆さんにとって少し立ち止まり、耳を澄ます時間になればうれしく思います。
最後までお聴きいただき、ありがとうございます。どうぞ、ご自身のペースでお過ごしください。
「誰も話しかけてくれない」って、どんな苦しみ? ― チャンナのお話
2026/09/09
今回ご紹介するのは、チャンナというお坊さんのお話です。
チャンナは、お釈迦さまが出家するとき、そのお手伝いをした人物でした。そのため、「自分は誰よりもお釈迦さまに近い」という思いを強く持っていました。
しかし、その思いは次第に高慢さへと変わり、仲間の悪口を言ったり、注意されても自分の非を認めなかったりするようになります。
そんなチャンナに対して、お釈迦さまが残した最後の対応は、「誰もチャンナに話しかけてはいけない」というものでした。
叱られることよりも、嫌われることよりも、「誰からも口をきいてもらえない」ことが、チャンナにとっては大きな苦しみだったのです。
人は、一人では生きていけません。誰かとつながっているからこそ、傷つくこともあれば、腹を立てることもあります。
今回のお話を通して、「人とつながっている」ということの大切さについて、一緒に考えてみたいと思います。
今日のお話が、皆さんにとって、人とのつながりについて考える、ほんの少しの時間になればうれしく思います。
お釈迦さまが弟子の衣を縫った日|阿那律尊者と針と糸の物語
2026/09/03
今回は、仏弟子・阿那律(あなりつ)尊者と、お釈迦さまにまつわる物語です。
阿那律尊者は、お釈迦さまの説法の場で居眠りをしたことを深く恥じ、「二度と眠らない」と誓って厳しい修行を続け、その結果、視力を失ってしまいます。
そんなある日、阿那律は自分の衣のほころびを縫おうとしますが、目が見えないため、針に糸を通すことができません。
そこで「誰か、私のために針に糸を通して、功徳を積もうとする人はいませんか」と声をかけます。
すると、そこに現れたのは、、、、
この「衣」と「針と糸」の物語から、お釈迦さまがお弟子一人ひとりと向き合われた姿、
そして「自分のためではなく、すべての生きとし生けるもののために」という利他の心について、一緒に味わってみます。
居眠りした弟子にお釈迦さまが伝えたこと -阿那律尊者の物語-
2026/08/26
講演や会議、授業などで、ついうとうとと居眠りをしてしまったことはありませんか?
今回のお話は、お釈迦さまの説法を聞きながら居眠りをしてしまった仏弟子・阿那律尊者のお話です。
阿那律尊者は、自分の居眠りを深く恥じ、「もう二度と眠らない」と誓います。
しかし、その決意はやがて彼自身の身体を追い詰めていくことになります。
そんな阿那律尊者に、お釈迦さまが伝えたのは、
「修行を怠るのもよくない。しかし、酷使しすぎるのもよくない」
という言葉でした。
一生懸命に生きることと、自分を追い詰めることは同じではありません。
「休むことも大切」という、身近なテーマから、仏教の「中道」について考えてみます。
どうぞ最後までお聴きください。
良き友とは? -舎利弗尊者と目連尊者の友情-
2026/08/19
お釈迦さまの二大弟子、舎利弗尊者と目連尊者。「智慧第一」「神通第一」として知られる二人は、仏道を共に歩んだ、かけがえのない友でもありました。
今回のお話では、二人の出会いと友情を通して、「良き友」とはどのような存在なのかを考えます。
自分だけが幸せになるのではなく、相手の幸せも願う心。
人生を導いてくれる「良き友」とのご縁についてお話しします。
どうぞ、ゆっくりお聴きください。
舎利弗尊者と諸行無常 - 今を大切に生きる -
2026/08/12
お釈迦さまの十大弟子の一人、「智慧第一」と称えられた舎利弗尊者のお話です。
お祭りや花火大会、コンサートや旅行など、楽しい時間を過ごしたあと、ふと寂しさを感じたことはありませんか。
楽しい時間も、若さも、健康も、仕事も、人生も、いつか終わりを迎えます。
舎利弗尊者の物語を通して、仏教が説く「無常」とは、ただ悲観するための教えではないことを考えます。
終わるものだからこそ、今ある時間や人とのご縁が尊く感じられる。
「今日」という一日を、そして大切な人との時間を、どう味わって生きるのか。
舎利弗尊者の物語から、一緒に考えてみませんか。
優しい阿難尊者 -結集と晩年-
2026/08/05
お釈迦さまのお話を最も多くお聞きになられた阿難尊者の物語です。
お釈迦さまと多くの時間を過ごしたが故に、悟りを開くことができなかった阿難尊者。それは優しさでもあり、弱さでもあったのです。そこが阿難尊者の魅力であるように思います。
お釈迦さまのお弟子を通して、仏教の大切なところをお伝えできたらと思います。
涙する阿難尊者 -大切な存在を失い涙する私たち-
2026/07/29
お釈迦さまの最も身近で教えを聞き続けた弟子・阿難尊者。その阿難尊者は、お釈迦さまの入滅を前に、人目を避けて涙を流しました。
「泣いてはいけない」「早く立ち直らなければ」と思ってしまうことがあります。
グリーフケアは、悲しみを消すことを目標にはしません。大切な人との絆は、亡くなったあとも続いていく──そんな「継続する絆(Continuing Bonds)」という視点とも重ねながら、阿難尊者の涙を通して、悲しみとともに生きる道を味わいます。
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